拗らせ俺様が犬系彼氏になった理由
……いやでもこれは高級品とは言えない値段だし……ねだられたわけでもないから貢ぐとは違うし……。
そわそわしていると、それに気が付いた店員がにこやかに話しかけてくる。先ほども朔弥が困っていることに勘づき、すぐに声を掛けたベテラン店員・浜口佳代子(39)。メイクも接客も好きで、この仕事を天職だと自負している。ちなみに趣味は恋愛ドラマ鑑賞。
「他にも何かございましたか?」
「え!? あ、いえ、知り合いに似合いそうだなって思ったんですけど、でも化粧品って贈られても女性は困りますよね!?」
勢いよく質問された佳代子は、少々面食らった。だが、そこはプロ。言葉を選びつつ正直に答える。
「ああ……好みやお肌に合うか、などもございますから……」
「そ、そうですよね。やっぱり……」
朔弥は恥ずかしそうに俯いた。その耳は少し赤らんでいるように見える。
朔弥の様子を見て、佳代子は何かを察した。販売員として、女性として、恋愛ドラママスターとして何かが燃え上がる。
(えっ……なんかこの男性、かっわ……彼女に贈りたいとでも思ってるのかな……)
さっきの化粧品を買う時も緊張している感じが伝わってきたが、今はさらに戸惑っている。見たところ結構な大人だけれど、何だか慣れていない。庇護欲を掻き立てられた。もしや、気になる女性に贈る? それとも付き合いたての彼女か?
確かに化粧品を贈るのはリスクもある。だがこの男性なら、許される気がする。慣れないけれど似合うと思って懸命に選びました感があるからだ。ここは、ベテラン店員として誰でも使えるタイプの物を勧め、この男性の好感度アップの手伝いをしたい!
店員は目を輝かせて、並ぶリップを手に取った。
「ですが! こちらは肌の色を選びにくいので、贈り物に選ばれる方が多いですよ!」
「え、そうですか……?」
「ブルべの方も、イエベの方も!!」
「ぶるーべ? いえべ……?」
「贈るお相手はどのような方ですか?」
「そうですね、いつもびしっと背筋が伸びてて正直者で、仕事も出来る、頼りになる人です!」
「……あの、肌色や髪色など、その……」
「あっ」
しまった、そういう意味か。
朔弥がまた恥ずかしそうにしたので、佳代子は悶絶した。
え、なんか中学生ぐらいの可愛さがあるんですけど! これ絶対片思い中のやつじゃない?? ドラマでもべた過ぎてあまり使われないワンシーンのようだ。
だがもちろん顔に出すことはなく、にこやかに朔弥の続きを待つ。心の顔は、頬がにやけて仕方がない。
「えーと、色白で、髪は黒です……」
「そうでしたか! やはりこの辺のお色なら大丈夫だと思いますよ。主張しすぎない色ですから、仕事の時なども使いやすいかと」
ずいっと前に差し出され、朔弥は戸惑いつつも手に取ってみる。自分にはよく分からない。ただ、彼女に似合うだろうと思った。
……いつものお礼に、買ってみようか。
気に入らなければ使わずにいるだろう。別にそれはそれでいい。これはそんなに値段も高くないから、貢いでることにはならないはず。そもそも、華は『恐ろしい女性』とやらではないから、別に贈ってもいいではないか。
朔弥は決意すると、一つ頷いて店員に言う。
「じゃあ、これを贈り物で……」
「はい! かしこまりました! 綺麗にラッピングいたしますね!」
やけに鼻息を荒くした佳代子は、リップを持ってどこかへ行ってしまった。一人残された朔弥は頭をポリポリと掻きながら、まさか華に化粧品をプレゼントする日が来るなんて、と思った。
「あの人、噓つかないんだよなあ……」
ぽつんと呟く。
そう、華は嘘をつかない。助言を求めたのは自分だが、それでも華以外の人ならあんなにはっきり言ってくれなかったと思う。華に頼んで正解だった。
駄目なところも、そしていいところもしっかり伝えてくれる。とても正直な人だ。そんな彼女にたくさん助けられているので、これぐらいのお礼はしなくてはいけない。
朔弥はポケットからスマホを取り出す。ラインの連絡先には華の名前があったが、まだ一度もメッセージのやり取りはしていなかった。
佐々山華というフルネームの隣は、紅茶とケーキが映っている。甘い物好きなのかな? だとしたら、自分と同じだ。
「お礼、だからね」
朔弥は一人呟いた。
今日も自分で作った弁当を片手に持ち、華は屋上への扉を開けた。ぶわっと冷たい風が巻き起こり、華の前髪を揺らす。一気に寒くなり、肌に痛みを覚えた。
こんな場所で昼食を食べるのは、華と朔弥ぐらいしかいない。
外に出ると、すでに朔弥が来て昼食を食べていた。華は無言で近づき、隣に腰かける。この形は自然と出来上がっており、待ち合わせてもいないのにお決まりの時間になっていた。毎日は難しいが、時間が合う時はこうして屋上に足を運んでいる。
朔弥はサンドイッチを頬張っていた。華と違い、いつも買ったものを食べている。華が座ったことに気付くと、朔弥は分かりやすく顔を綻ばせた。
「今日も寒いね!」
「そうですね」
弁当箱を開けて食べ始めると、朔弥がすぐに嬉しそうな顔で華に話しかける。
「あの飲み会以降、なんか少し周りの人が話しかけてくれるようになった感じがするんだ!」
「そうですか」
「まだ雑談とまでは行かないけど、よそよそしく避けられる感じが無くなったっていうか……」
華は少しだけ口角を上げて頷いた。
その変化は、華も気が付いている。これまで『言動がとにかく痛いからあまり関わりたくない人』だった。最近そういった発言を控えることで、『ちょっと大人しくなってきたな』になり、飲み会で美鈴と華を庇ったことで『案外いい人なのかもしれない』というところまで来ている。
まだ様子見をしながら、みんな話しかけてきてくれているのだろう。
「よかったです。もう少し経てばもっと仲良くなれると思いますよ。深見さんの地元の話が出来るようになったら、ぜひ話してみてください。それから、あの言動も『姉から勧められた少女漫画の真似をしていた、今は後悔してる』って言ってください。その方がみんな笑ってくれると思いますから」
彼の元の性格を知れば、『少女漫画の真似事をしていた』という失敗談を笑えるはず。そうすれば今の彼の姿にも納得するだろう。
朔弥は何度か頷いた。
「そっか、言った方がいいのか……」
「言っておきますが『少女漫画の真似をする』こと自体、深見さんの年齢では厳しい所があるので、あくまで控えめに、後悔してる感じで言った方がいいと思います」
「相変わらずまっすぐな言葉だなあ」
朔弥は目を線にして笑った。それを見て、華はふっと肩の力が抜ける。
(きっともうすぐ、彼は周りに馴染むどころか人気者になるはず)
嬉しいような、少し寂しいような不思議な感覚だった。少し前、彼が『俺の何がいけないか教えてくれない!?』なんて言った日がもう懐かしい。
(そろそろ退職届、出そうかな……)
飲み会で美鈴に言われた言葉は、華の心を深く刺していた。みんな例の事を知っていて、哀れんでいる。その事実はあまりに辛い。
そんなことを気にせず働く人もいるだろう。人のうわさも75日と言うように、しばらく経てば忘れていくもの。それでも、華にとっては耐えられなかった。
婚約までした彼に浮気され、さらにはその浮気相手が妊娠。そして婚約破棄されたなんて――
表情が曇った華に気付いた朔弥が、華の顔を覗き込む。
「佐々山さん?」
「……すみません。考え事をしていました」
華は小さく頭を下げた。
(今は年末で忙しい時期だから、年が明けて落ち着いた頃に出そう……)
そう決めた華の様子を気にする朔弥だが、すぐに何かを思い出したようにポケットを探る。そして、視線を泳がせながら華に言う。
「あの……俺、佐々山さんに本当に世話になってて。佐々山さんがいなかったら職場で浮いたままだったと思うし。佐々山さんの助言で本当に助かった。だからお礼をしたくて……」
「いえ、別に大したことはしていないのでお礼なんて──」
「ほ、ほんの気持ちなんだけど」
朔弥は華の目の前に、小さな箱を差し出した。華はぽかん、とそれを見る。
まさかお礼にプレゼントをくれるなんて、夢にも思っていなかったのだ。
「え……私に、ですか……?」
「気に入らなかったらほんとごめん! でも店員さんが、この色はどんな人でも使いやすいって言ってて……! あ、でもきもかったら正直に言ってもらって……」
慌てふためきながら朔弥は言うが、華の耳に届いていないようだった。華は恐る恐る目の前にある箱に手を伸ばし、それを受け取る。
「……開けていいですか」
「……う、うん」
綺麗なリボンをするりと解き、箱をゆっくり開けてみると、一本のリップが入っていた。片手に収まる大きさの、丸みを帯びた形。淡いピンク色のキャップの中央に、シンプルなブランドのロゴが見える。外見のデザインだけでも可愛らしく、華の心が跳ねた。
リップを凝視する華を、朔弥はドキドキした顔で見守る。やっぱり、化粧品はよくなかっただろうか。今思えば、美味しい焼き菓子とかそういう物だってあったのに、なぜかこれを選んでしまった。
不安に駆られる朔弥だが、次の瞬間息が止まった。
そわそわしていると、それに気が付いた店員がにこやかに話しかけてくる。先ほども朔弥が困っていることに勘づき、すぐに声を掛けたベテラン店員・浜口佳代子(39)。メイクも接客も好きで、この仕事を天職だと自負している。ちなみに趣味は恋愛ドラマ鑑賞。
「他にも何かございましたか?」
「え!? あ、いえ、知り合いに似合いそうだなって思ったんですけど、でも化粧品って贈られても女性は困りますよね!?」
勢いよく質問された佳代子は、少々面食らった。だが、そこはプロ。言葉を選びつつ正直に答える。
「ああ……好みやお肌に合うか、などもございますから……」
「そ、そうですよね。やっぱり……」
朔弥は恥ずかしそうに俯いた。その耳は少し赤らんでいるように見える。
朔弥の様子を見て、佳代子は何かを察した。販売員として、女性として、恋愛ドラママスターとして何かが燃え上がる。
(えっ……なんかこの男性、かっわ……彼女に贈りたいとでも思ってるのかな……)
さっきの化粧品を買う時も緊張している感じが伝わってきたが、今はさらに戸惑っている。見たところ結構な大人だけれど、何だか慣れていない。庇護欲を掻き立てられた。もしや、気になる女性に贈る? それとも付き合いたての彼女か?
確かに化粧品を贈るのはリスクもある。だがこの男性なら、許される気がする。慣れないけれど似合うと思って懸命に選びました感があるからだ。ここは、ベテラン店員として誰でも使えるタイプの物を勧め、この男性の好感度アップの手伝いをしたい!
店員は目を輝かせて、並ぶリップを手に取った。
「ですが! こちらは肌の色を選びにくいので、贈り物に選ばれる方が多いですよ!」
「え、そうですか……?」
「ブルべの方も、イエベの方も!!」
「ぶるーべ? いえべ……?」
「贈るお相手はどのような方ですか?」
「そうですね、いつもびしっと背筋が伸びてて正直者で、仕事も出来る、頼りになる人です!」
「……あの、肌色や髪色など、その……」
「あっ」
しまった、そういう意味か。
朔弥がまた恥ずかしそうにしたので、佳代子は悶絶した。
え、なんか中学生ぐらいの可愛さがあるんですけど! これ絶対片思い中のやつじゃない?? ドラマでもべた過ぎてあまり使われないワンシーンのようだ。
だがもちろん顔に出すことはなく、にこやかに朔弥の続きを待つ。心の顔は、頬がにやけて仕方がない。
「えーと、色白で、髪は黒です……」
「そうでしたか! やはりこの辺のお色なら大丈夫だと思いますよ。主張しすぎない色ですから、仕事の時なども使いやすいかと」
ずいっと前に差し出され、朔弥は戸惑いつつも手に取ってみる。自分にはよく分からない。ただ、彼女に似合うだろうと思った。
……いつものお礼に、買ってみようか。
気に入らなければ使わずにいるだろう。別にそれはそれでいい。これはそんなに値段も高くないから、貢いでることにはならないはず。そもそも、華は『恐ろしい女性』とやらではないから、別に贈ってもいいではないか。
朔弥は決意すると、一つ頷いて店員に言う。
「じゃあ、これを贈り物で……」
「はい! かしこまりました! 綺麗にラッピングいたしますね!」
やけに鼻息を荒くした佳代子は、リップを持ってどこかへ行ってしまった。一人残された朔弥は頭をポリポリと掻きながら、まさか華に化粧品をプレゼントする日が来るなんて、と思った。
「あの人、噓つかないんだよなあ……」
ぽつんと呟く。
そう、華は嘘をつかない。助言を求めたのは自分だが、それでも華以外の人ならあんなにはっきり言ってくれなかったと思う。華に頼んで正解だった。
駄目なところも、そしていいところもしっかり伝えてくれる。とても正直な人だ。そんな彼女にたくさん助けられているので、これぐらいのお礼はしなくてはいけない。
朔弥はポケットからスマホを取り出す。ラインの連絡先には華の名前があったが、まだ一度もメッセージのやり取りはしていなかった。
佐々山華というフルネームの隣は、紅茶とケーキが映っている。甘い物好きなのかな? だとしたら、自分と同じだ。
「お礼、だからね」
朔弥は一人呟いた。
今日も自分で作った弁当を片手に持ち、華は屋上への扉を開けた。ぶわっと冷たい風が巻き起こり、華の前髪を揺らす。一気に寒くなり、肌に痛みを覚えた。
こんな場所で昼食を食べるのは、華と朔弥ぐらいしかいない。
外に出ると、すでに朔弥が来て昼食を食べていた。華は無言で近づき、隣に腰かける。この形は自然と出来上がっており、待ち合わせてもいないのにお決まりの時間になっていた。毎日は難しいが、時間が合う時はこうして屋上に足を運んでいる。
朔弥はサンドイッチを頬張っていた。華と違い、いつも買ったものを食べている。華が座ったことに気付くと、朔弥は分かりやすく顔を綻ばせた。
「今日も寒いね!」
「そうですね」
弁当箱を開けて食べ始めると、朔弥がすぐに嬉しそうな顔で華に話しかける。
「あの飲み会以降、なんか少し周りの人が話しかけてくれるようになった感じがするんだ!」
「そうですか」
「まだ雑談とまでは行かないけど、よそよそしく避けられる感じが無くなったっていうか……」
華は少しだけ口角を上げて頷いた。
その変化は、華も気が付いている。これまで『言動がとにかく痛いからあまり関わりたくない人』だった。最近そういった発言を控えることで、『ちょっと大人しくなってきたな』になり、飲み会で美鈴と華を庇ったことで『案外いい人なのかもしれない』というところまで来ている。
まだ様子見をしながら、みんな話しかけてきてくれているのだろう。
「よかったです。もう少し経てばもっと仲良くなれると思いますよ。深見さんの地元の話が出来るようになったら、ぜひ話してみてください。それから、あの言動も『姉から勧められた少女漫画の真似をしていた、今は後悔してる』って言ってください。その方がみんな笑ってくれると思いますから」
彼の元の性格を知れば、『少女漫画の真似事をしていた』という失敗談を笑えるはず。そうすれば今の彼の姿にも納得するだろう。
朔弥は何度か頷いた。
「そっか、言った方がいいのか……」
「言っておきますが『少女漫画の真似をする』こと自体、深見さんの年齢では厳しい所があるので、あくまで控えめに、後悔してる感じで言った方がいいと思います」
「相変わらずまっすぐな言葉だなあ」
朔弥は目を線にして笑った。それを見て、華はふっと肩の力が抜ける。
(きっともうすぐ、彼は周りに馴染むどころか人気者になるはず)
嬉しいような、少し寂しいような不思議な感覚だった。少し前、彼が『俺の何がいけないか教えてくれない!?』なんて言った日がもう懐かしい。
(そろそろ退職届、出そうかな……)
飲み会で美鈴に言われた言葉は、華の心を深く刺していた。みんな例の事を知っていて、哀れんでいる。その事実はあまりに辛い。
そんなことを気にせず働く人もいるだろう。人のうわさも75日と言うように、しばらく経てば忘れていくもの。それでも、華にとっては耐えられなかった。
婚約までした彼に浮気され、さらにはその浮気相手が妊娠。そして婚約破棄されたなんて――
表情が曇った華に気付いた朔弥が、華の顔を覗き込む。
「佐々山さん?」
「……すみません。考え事をしていました」
華は小さく頭を下げた。
(今は年末で忙しい時期だから、年が明けて落ち着いた頃に出そう……)
そう決めた華の様子を気にする朔弥だが、すぐに何かを思い出したようにポケットを探る。そして、視線を泳がせながら華に言う。
「あの……俺、佐々山さんに本当に世話になってて。佐々山さんがいなかったら職場で浮いたままだったと思うし。佐々山さんの助言で本当に助かった。だからお礼をしたくて……」
「いえ、別に大したことはしていないのでお礼なんて──」
「ほ、ほんの気持ちなんだけど」
朔弥は華の目の前に、小さな箱を差し出した。華はぽかん、とそれを見る。
まさかお礼にプレゼントをくれるなんて、夢にも思っていなかったのだ。
「え……私に、ですか……?」
「気に入らなかったらほんとごめん! でも店員さんが、この色はどんな人でも使いやすいって言ってて……! あ、でもきもかったら正直に言ってもらって……」
慌てふためきながら朔弥は言うが、華の耳に届いていないようだった。華は恐る恐る目の前にある箱に手を伸ばし、それを受け取る。
「……開けていいですか」
「……う、うん」
綺麗なリボンをするりと解き、箱をゆっくり開けてみると、一本のリップが入っていた。片手に収まる大きさの、丸みを帯びた形。淡いピンク色のキャップの中央に、シンプルなブランドのロゴが見える。外見のデザインだけでも可愛らしく、華の心が跳ねた。
リップを凝視する華を、朔弥はドキドキした顔で見守る。やっぱり、化粧品はよくなかっただろうか。今思えば、美味しい焼き菓子とかそういう物だってあったのに、なぜかこれを選んでしまった。
不安に駆られる朔弥だが、次の瞬間息が止まった。