拗らせ俺様が犬系彼氏になった理由


 年始のテレビ番組は特別感がある。お笑い番組を眺めながら、朔弥はこたつに入って寝転がっていた。こたつの上にはミカンが置いてある。

  年季の入った家は隙間風が酷い。こたつがないと寒くて冬を越せないかもしれない、とすら思う。東京にある自分の部屋にはこたつがないから買いたいと思うんだが、一気におしゃれ感が無くなるからなあ……。

 そんなことをぼんやり考えながら正月番組を見ていた朔弥に、母から声が掛かった。

「朔弥ー? チョコ食べるー?」

「え? チョコ!?」

 わくわくした顔でばっと起き上がるも、すぐに首を横に振る。そして再び寝転がりながら答える。

「いらない。リバウンドしたらやだから」

 そう返事をした朔弥を、こたつの中で蹴ったのは姉だ。姉は朔弥の反対側に寝転がっており、スマホをいじっていた。黒髪にきりっとした目元で、朔弥とは全く違うタイプの女性だった。

 現在年末年始の休みに入り、朔弥は実家に帰って来ていた。ちなみに一つ年上の姉の桃は、この家から通勤している。昔から朔弥とは喧嘩するほど仲がいい、という感じだ。だが、朔弥はこの姉には敵わないと心の奥底で思っている。気が強く、口げんかで勝てたことは一度もない。

 朔弥の家が母子家庭なのは、父が浮気して出て行ってしまったからだそう。この家は母の父、つまり朔弥の祖父が建てたもので、朔弥たちはずっとここに住んでいる。家があったとはいえ、母は一人で働き、朔弥と桃二人を大学に入れたのだから凄い人だ。

「んなの、チョコの一つや二つで太らないっつーの。正月くらい食べな」

「一個食べたら止まらなくなるんだって! もうあんな辛いダイエット経験したくないんだよ」

「ったく、東京に行ってさらに色づいた感じがするね。昔はころころで可愛かったのに」

 姉の桃は懐かしむように笑う。朔弥はリモコンで番組を変えながら答える。

「俺には辛い思い出だよ。もう太りたくない」

「つーか、モテたいって言ってダイエットしたけど、彼女出来たの?」

 姉の質問をどこから聞いていたのか、母も急に目をらんらんに輝かせて台所から顔を覗かせる。

「出来たの、朔弥!?」

「出来てない」

 正直に言うと、母は無言で台所へ戻っていった。そんなあからさまにがっかりしなくても。

 でも確かに27歳で彼女の一人も出来ないって、親としては心配なんだろうか。ちなみに桃は、大学時代から同じ彼氏とずっと付き合っており、結婚の予定がある。姉弟でなぜこんなにも違うんだろう。

 桃は起き上がってみかんを手に取る。

「あんた痩せて外見よくなったじゃん。なんで」

「それだよ!!」

 朔弥はばっと起き上がったかと思うと、姉を指さして非難する。

「姉ちゃんが! 俺に紹介した漫画たち! あれのせいだよ!」

「はあ? 私の宝物に文句つけるのかお前」

「俺様な言動は俺に合ってないしリアルでは受け入れられないって分かったんだよ!」

「え、なにあんたあれを丸々真似したわけ? そりゃ彼女も出来ないわ!」

 桃はげらげらと笑った。むっとした朔弥は言い返す。

「参考にしろって言ったじゃん」

「参考にするとそのまま真似するは違うでしょ。私はあれを読んで中身を磨けって言っただけで、そのまま真似しろとは言ってない。しかもあんたは確かに俺様キャラに合ってないしね」

 華と全く同じことを言われ、朔弥は口をへの字にさせた。この言い方だと、姉は気づいていらしい。

「でも姉ちゃんが勧めるから信じたのに……」

「昔から朔弥は単純っていうか馬鹿っていうか。まあ気づけてよかったけど、どこで気づいたの?」

「……知り合いに指摘された」

「よかったじゃん、ちゃんと悪い所を指摘してくれる友達で」

 桃はミカンを食べながらそう言った。朔弥はぼんやりと華の顔を思い出す。

 華はあれ以降、ずっと屋上に来なかった。年末で仕事も忙しいのでそのせいかとも思っていたが、一点気になることがあった。

 あのリップが使われていなかったことだ。

 あげた初日だけつけているのが分かったが、それ以降彼女の唇が彩られることはない。

(やっぱ化粧品ってきもかったのかなー初日は気を使ってつけてくれたのかも。やらかしたのかなあ……)

 はあと深いため息をついて項垂れる。ただ、華なら正直に言ってくれそうな気もするのだが……。今更、贈り物が変だったからと言って避けるとは思えない。

 落ち込んでいる朔弥を見て、桃は首を傾げた。

「どうした」

「……知り合いに避けられてるかもしれなくて」

「話してみな」

 朔弥は迷ったものの、これまでの流れを全て桃に相談していた。自分の悪い部分を指摘されて直した結果、最近は職場でも浮かないようになってきたこと。いつも自然と屋上で昼食を一緒に取っていること。お礼に化粧品を贈った後から、来てくれなくなったこと。

 いつの間にか台所にいた母も戻って来て、こたつに座りながら真剣に朔弥の話を聞いていた。

 桃はミカンを食べる手も止めて、ぽかんとした顔で朔弥を見る。

「え……それで屋上に来なくなった、って落ち込んでんの?」

「うん。やっぱ化粧品ってきもかったかな? でも喜んでるように見えたし、駄目なら駄目って言ってくれるタイプなんだけど」

 朔弥が頭を搔いて困り顔なのを反対に、桃と母は顔を見合わせて叫んだ。

「恋!!」

「はっ?」

「それ恋じゃん!」

 悩んでいるというのに、二人とも目を輝かせて前のめりになる。母は泣きまねをしながら言う。

「朔弥はいい子なのに恋愛のれの字もなくて心配してたんだけど、ようやく……しかも面倒見のよさそうな子」

「お母さん、朔弥は天然なところがあるから、絶対しっかり者がいいよね!?」

「東京に行くのを心配してたの。でもなんだか安心したと言うか……」

 勝手に盛り上がる二人に、朔弥は目を据わらせた。人が悩みを相談しているというのに、一体なんなんだこいつらは。

「俺は真剣に相談したんだけど!?」

 朔弥の声に、二人は一旦興奮を落ち着かせる。桃は再びミカンを口に放り込む。

「直接聞いてみればいいじゃん。連絡先知ってんの?」

「ラインなら……でも一度も送ったことない」

「送ってみなよ。はあ、好きな子にラインで聞きたいことも聞けないくせに俺様気取ってたのか」

「……っていうかさっきから好きな子、って」

 朔弥の声が小さくなる。

 これまで恋は人並みにしたことがある。大体はクラスメイトで、ふんわりした可愛らしい子を好きになった。華は、そのどの子たちともタイプが違う。

「まあ自覚してないなら別にいいけど。とりあえず、お世話になった同僚にしっかり話を聞くのは当然のことでしょう。ほら、今すぐラインしてみて」

「今!? 正月の今!?」

「今だよ。善は急げ。最近屋上で会えないけど、自分が何かしてしまったならごめん、って言うんだぞ。出来れば会いたいですって言え」

「あ、ああああ会いたいですって……」

「それぐらいも言えなくて、27年間何やって来たんだ」

 馬鹿にしたように姉は言うが、だからあんたの漫画のせいだっつーの。おかげで恋愛が遠ざかっていたんだぞ。

 朔弥は少しむっとしたが、確かにお世話になった華に話を聞かないまま疎遠になってしまうのはダメだと思った。自分が何かやらかしてしまったのなら謝りたい。

 それに、もう華と昼食を食べられないのは嫌だと心から思う。

(好き……なのか?)

 よく分からない。

 彼女のいつでも真っすぐな部分は気持ちがいいし、面白いと思う。それから、たまに見せる表情の変化は可愛らしいと思ったのも事実。だがそれが恋かどうかは分からないと思った。

 ……それでも、華とこのまま話せないのが嫌なのは間違いない。

 朔弥はぐっと拳を握ると、置いてあったスマホに手を伸ばして取る。一度もメッセージのやり取りをしていない華の連絡先を呼び、文章を打ち始める。

『明けましておめでとう
 昨年はお世話になりました
 最近は屋上であまり会えてないけど、俺が何かしてしまったならごめんなさい
 会いた』

 そこまで打って、最後の一文だけ消した。やっぱり、さすがに言えない。

 誤字脱字などを何度も確認し、送信しようとするがどうも緊張してしまう。オロオロとしている朔弥を見て、桃は後ろからそっとスマホを覗き込むと、手を伸ばして勝手にタップした。

「ああ!!」

「はい送ったねー。うじうじしてるなあ、もう。ほんっと恋愛に関してはポンコツなんだから」

「そんなこと言ったって……」

 言い返そうとした時、送ったメッセージが既読になったので朔弥の心臓が跳ねる。読まれた、華に読まれた!

 どうしていいか分からず狼狽えていると、すぐに返信が送られてくる。それは華らしい、簡素で短い文だった。

『明けましておめでとうございます
 深見さんは何もしてないです
 私が悪いので』

 ……私が悪いので?

 朔弥は首をかしげる。華の一体何が悪いと言うのだろう。

 いつも朔弥は助言を貰ってお世話になってばかりだ。華に何かされた覚えなど一つもない。

 ただ、これで分かった。どうやら朔弥が何かしでかしたわけではないようだ、と。華が何か思い悩んでいる。

(何があったか分からないけど……一人で思い悩んでるなんて、やだな)

 このまままたほとんど会話も交わさない同僚に戻るなんて。

 自分がここ最近、充実した社会人生活を送れているのは華のおかげ。それに何より、あの短い時間が自分にとってとても大事な時間だったと思い知った。ここ最近、屋上で一人で食べる昼食は味気なかった。

 華と会いたい。

 避けられているならその理由が知りたい。



『会って話したい』



 気が付けば、朔弥はそう送っていた。

 ほぼ無意識だった気がする。送った瞬間、何だか意味深な言い方をしてしまったと気づいたが、すぐに既読がついてしまう。そして、返事はすぐに来た。

『ちゃんと話さなくてはいけないのに 
 避けていてごめんなさい
 また屋上に行きます』

 絵文字も何もないシンプルな文を、朔弥はじっと見つめた。

(何を言われるのかはちょっと緊張するけど……このままよりずっといい)

 一体華は何を隠しているんだろう。

 仕事をしている時は待ち望んでいた年始の休みが、早く終わってほしいと思った。早く仕事が始まって、華と話したい。

『待ってる!』

 朔弥はそう力強く打ち込んだ。

 一旦ふうと息を吐いて安心する。とりあえず、一歩前進した気がするから。

 するとそこへ、他の人からメッセージが届いた。

『明けましておめでとうございます(ハート)
 昨年はとってもお世話になりました(キラキラ)
 今年こそ飲みに行きましょうね(ハート)』

 美鈴からのメールはカラフルでなんだかやたらキラキラしていて、さっきの華との違いが凄い。朔弥は目がチカチカした。

「お、なんだ。返事来た?」

「いや、同僚」

 朔弥は一言だけそう返す。桃は新たなミカンを剥きながら、それを横目で見る。

(テンション低。さっきまでと全然違うじゃん。無意識なのかねー)

 まあ、そのうち自覚するだろう。

 朔弥は美鈴に挨拶と、『ぜひみんなで飲みましょう』という簡素な返事だけ送った。美鈴からの返事はなかった。

< 21 / 56 >

この作品をシェア

pagetop