拗らせ俺様が犬系彼氏になった理由


 一瞬何が起こったのか分からなくなった華は固まる。店内に流れるお洒落なジャズのBGMが、やたら大きく聞こえる気がした。そんな中でも、朔弥は目をそらさず華を見つめ続けた。

「……え」

「佐々山さんが好きなので、付き合ってください」

「……え、……え?」

 理解出来ず、華はただただ固まる。でも、朔弥が真剣な眼差しで自分を見ていることで、ふざけて言ったわけではない事だけは分かっていた。

 好きなので、付き合ってください?

 どれくらい固まっていたか分からないが、ようやく状況を把握した瞬間、華の顔が一気に赤く染まった。パクパクと口を開け、言葉が出てこない。

 私に告白? どうして深見さんが、私なんかに?

 明るく綺麗な美鈴とは全く違う。地味で愛想もなくて、可愛げのあることさえ言ったことがない。なのになぜ?

「え……わ、私? なん、ど、して」

 パニックに陥っている華を見て、朔弥は驚かせて申し訳ないと思いつつ、心の中で可愛いな、と少し笑ってしまった。華は普段、凛としてあまり表情を変えないからこそ、こういう時の変化が面白い。

「驚かせてごめん。今言っておかないと、と思って」

「だって……深見さんは、大島さんが好きなのでは?」

「えっ?」

 朔弥はきょとんとした。実は、華がそう思っていることすら気付いていなかったのだ。だがすぐに、そういえば華と初めて話した時、自分は美鈴に連絡先を聞いて玉砕していた時だったのだと思いだした。

 どうして忘れていたんだ。勘違いされていたじゃないか!

 慌てて朔弥は否定する。

「あー確かに連絡先は聞いてたけど……別に好きってわけじゃなかったんだ。大島さんは明るくてムードメーカーな感じがしてたから、ちょっと仲良くなってみたかった、ってぐらい。でもそれ以上の気持ちはない。この前も二人で飲みに誘われたけど、全然行く気しなかったから」

「二人で飲み??」

 華の声がひっくり返る。美鈴がそこまで朔弥を気に入っているとは思わなかった。

 だが当の本人はあまり重要に思っていないようで、話を続ける。

「二人きりじゃなーって思って、他の人も誘いましょうって言ったんだけど、なんかなしになっちゃって。せっかく職場の人と飲みに行くっていう夢を叶えられそうだったのに」

「あ、ああ……」

 華は曖昧な返事をする。女性から男性に二人きりで飲みに行こうと誘うことは、結構大きなイベントだ。それを、朔弥はあまり理解していないのか。少女漫画で培うべきはこういう女性心だと思うのだが。

「深見さん……女性が男性に二人で飲みに行くよう誘うのは、かなりその、勇気がいることかと」

「え? ……あ」

 今気が付いた、というような顔だ。だがすぐに、朔弥は笑った。

「でも、俺は大島さんと二人では行かないから、結末は変わらないよ。俺は行くなら佐々山さんと行きたい」

「……どうして私なんですか? 私、愛想もよくないし地味だって自覚してるんです」

 現に、そうやってフラれたんだから。5年も付き合った彼に。

 華は少し視線を落とした。だが朔弥は即座に否定する。

「地味? めっちゃ可愛いと思ってるんだけど、俺が好きな人をそんな風に言うのやめてもらいたいな」

「……え」

 華が目を丸くしたのを見て、朔弥はハッとし小さな声で呟く。

「ヤバ、今のちょっと痛い感じだったかも。意識したつもりはないんだけど……」

 本人はしまったとばかりに狼狽えたが、もちろん華はそんなこと思ってはいなかった。呆然と、朔弥からの言葉を噛みしめている。

 ──そんな風に思ってもらえていたなんて。

 黙ってしまった華に、朔弥は戸惑いつつも、ここまで来たなら全部言ってしまおう、と腹を決める。

「佐々山さんはいつも正直だし、俺に助言してくれた。初めは頼りになる人だなあってぐらいしか思ってなかったけど、思えば佐々山さんは痛い言動をしてた俺も、今の俺も全く態度を変えずにいてくれた。そういう人間性に、惹かれたんだと思う。いい所も悪い所も見てくれる。凄く素敵だなって」

「……そんな。買い被りすぎだと……」

「あと、真面目で可愛い。リップを失くしたことなんて隠しておいてもバレないのにさ。とにかく、俺はそういう佐々山さんがいつの間にか好きになってて、告白した。それだけ」

 華は朔弥の言葉を抱くように、ぎゅっと胸元で手を握る。

 まっすぐな愛の言葉は、とても嬉しい。まさか彼から告白を受けるなんて思わなかった。

(──嬉しい)

 すぐに出てきた感情は、それだった。

 朔弥のことは、はじめは生ぬるい視線で見守っていただけ。仕事も出来るし視野も広いのになぜあんな言動をとるのか不思議だったが、自分は関わることなどないと思っていた。
 
 でもあるきっかけから話してみると、彼はとても真っすぐで今時珍しいくらい無垢だ。そして素直で努力家でもある。

 彼が美鈴と付き合うかもしれないと思った時、胸が痛んだ。それはきっと……。

「……私、婚約破棄されてるんです」

 ポツリと華が言った。朔弥は突然のことにぽかんとする。

「え?」

「半年前。五年付き合った彼と結婚するはずで、式場の予約まで取ってたんです。でもフラれて……」

「……け、っこん?」

 朔弥は倒れ込みそうなほどショックを受けた。

(そんな相手がいたのか?? け、結婚まで……!)

 愕然とする。華は恋愛をするつもりがないと言っていたので、それは元々興味がないのかと思っていたのだ。

 顔も知らない男を想像してモヤモヤした。いや、この年齢ならそれぐらいの恋愛経験があって普通なのに、何を嫉妬しているんだ自分は。本当に幼稚だな、と呆れる。

 真っ青な顔をした朔弥を見て華は察する。

「やっぱり、深見さんは知らなかったんですね。職場では結構噂になってるみたいです」

「え? 同じ職場のやつなの?」

「全然違うんですけど、どこからか漏れて、広まったみたいで……」

「……もしかして、退職を考えていたのって」

 華はこくりと頷いた。

「浮気されて、浮気相手が妊娠したからってフラれたんです。私と予約した式場は、その後二人で挙式したみたい。みじめで空しいでしょう? 職場の人には知られたくなかったんですが」

 自嘲気味に笑う華を前に、朔弥はカッと怒りに燃える。

 浮気をした元カレにも、浮気相手にも、噂を広めた人間にも、全てに腹が立った。

「じゃあ、佐々山さんがお洒落すると似合わないって言ってたのも?」

「あー……元カレ、ですね」

「……まじかよ」

 華は続ける。

「深見さんは最近異動してきたし、今まであまり他の人と雑談しなかったから、知らないんだろうとは思ってました。……五年も付き合ってきた相手にそんな風にフラれて、もう恋愛なんてしたくないと思ってたんです。こりごりだって。一人が楽なんだって思ってました。ただ今、深見さんの告白を聞いて──私、嬉しいと思ってしまったんです」

 朔弥はハッとする。華は静かに、でもどこか熱のこもった声で言う。

「深見さんは素直で自分を変えようと努力してて、とても素敵だと思っています。私にはない物を持ってる……私こそ、あなたのおかげで変わろうと思えた」

「佐々山さん……」

 そこまで言った華は、ぐっと目を瞑って困ったように俯く。

「ただ、まさか告白されるなんて夢にも思ってなくて……! だって、大島さんを好きなんだと思ってたから。少しだけ時間をくれませんか? しっかりちゃんと考えたい」

 戸惑ったように言う華を見て、朔弥は優しく目を細めた。

(真面目だな。こういうところ、本当にらしいなと思う)

 しっかり俺と向き合おうとしてくれているのが分かる。いや俺だけじゃなく、きっと過去とも。

 元カレに付けられた心の傷は、半年程度では癒えてないのだろう。未練はないだろうが、恋愛に憶病になってしまう気持ちは十分分かる。それを一度、見つめ直そうとしてくれているのだ。

「もちろん、すぐに返事なんて言わないよ」

「……ありがとうございます」

「告白されて嬉しいと思ってくれたなら、多分悪い印象はないだろうし?」

 朔弥はニコッと笑う。華は強く頷いた。

「はい! 悪い印象なんて……嬉しいです。夢みたいで! ただ頭がごちゃごちゃしてるから一旦冷静になりたいと思った次第でして、それこそ少女漫画の主人公のような気分を味わわせて頂いていると言いますか。深見さんにはドキドキさせられっぱなしで……」

「ちょ、佐々山さん声でかい……」

 今度は朔弥が赤くなって困ったように言った。華はハッとして慌てて口を噤む。

 彼らは知らない。周囲の席の人間たちは二人の甘酸っぱい空気にとっくに気づいており、静かに応援していることを。頑張れ、初々しい二人。

「ご、ごめんなさい……」

「……ははっ。全然。とりあえず、また落ち着いたら教えてよ。今はケーキ食べよう」

「は、はい」

 二人は笑いながら、残ったケーキに手を伸ばした。それはどこからどう見ても両想いカップルそのもので、周囲の人は全員『早く付き合っちゃえよ』と心で呟いた。







 翌週。

 朔弥は朝早くから出勤して、パソコンと睨めっこをしていた。今日は予定がぎっしりだ、しっかり準備しておかないと。

 眠そうに目を擦ると、同僚が話し掛けて来る。

「寝不足? 目、赤いな」

「あーはい。分かります? ちょっと眠れなくて」

 朔弥は愛想笑いをすると、引き出しから目薬を出して使う。爽快感がすうっと目元を襲った。

 朔弥は確かに、寝不足だった。それもこれも、土曜日、ついに華に告白してしまったことが原因だった。

 その時のことを思い出して、朔弥は悶絶する。派手に頭を抱えてデスクに突っ伏した。同僚がびくっと怯える。

(ああーーーーあの時の佐々山さんくっそ可愛かったんだが!!)

 あの後ケーキを食べて、二人でゆったり買い物をして帰宅した。華からはお礼のラインまで届き、フワフワと浮いた気持ちになっている。

 だが同時に、告白の返事がいつ来るか分からないという緊張感が凄まじく、朔弥を不眠に陥らせているのだ。

 多分、好感触だった、と思う。上手く行く可能性は高い、とも思う。でも、華は真面目だからこそ、よく考えた挙句『やっぱり恋とは違うと思います』と言ってくる可能性は十分にある。脳内再生余裕。

(つうか今思うとせっかくのデートだったのに、買い物以外にももっと行くところあっただろうが!! ロマンチックな水族館とか、気分が盛り上がる映画とかさあ!!!)

 はあ、とため息をつく。やっぱり自分は詰めが甘い、と思う。もうちょっと完璧なエスコートと完璧なデートプランを見せればよかった。一体何のために少女漫画を読んできたんだ。姉に知られたら罵倒されそう。せっかくのイメージアップチャンスが……。

「な、なんかよく知らんけどそんなに難しい案件なのか? それ」
 
 同僚が引いたように尋ねてくる。

「まあ、そうですね……」

「俺に手伝えることがあれば言えよ……」

「ありがとうございま……」

 いいかけた時、職場が騒めいたことに気が付いた。みんなが驚いた顔で一点を見ている。

 朔弥もそちらを見てみると、緊張した面持ちで中に入って来る華の顔が見えた。彼女はあの日、佳代子に教わった化粧をして、コンタクトにし、髪を下ろしていた。会った翌日に美容室でも行ったのだろうか? 髪も艶があり、普段やや重めの髪がふわりと軽く見えた。

「え……? 佐々山さん? あれ……」

「めちゃ別人なんだけど……」

 周囲はやはりぽかんとしている。朔弥は嬉しいと思いつつも、どこか複雑な思いだ。

 華はドキドキしながら自分の席に座る。

(みんな見てる……やっぱり変だったかな……)

 ちゃんと佳代子に言われた通りメイクをしたつもりだし、昨日もしっかり練習した。変なところはないと思うのだけれど……。
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