拗らせ俺様が犬系彼氏になった理由




「え? うんうん、元気にしてるって。はは、食べてるよ。こっちは飲食店が山ほどあるからさ。……はい、外食以外も食べるって。うん、連休になったら帰るから」

 朔弥は笑いながら電話の向こうにいる母に答えた。

 一人暮らしを始めて三ヵ月。時折母から心配の連絡が来る。朔弥は母子家庭で、母と姉の三人暮らしだった。朔弥が東京に行くと決まった時、母はとても心配した。姉は『やったじゃん!』と大騒ぎして喜んだ。

 仲のいい家族で、いまだにグループラインは毎日のように鳴る。

 母からの電話を切り、朔弥は深いため息をついた。びゅうっと冷たい風が吹き、癖のある毛を揺らす。

 屋上には朔弥以外誰もいなかった。春など温かい時には他にも利用者がいるのかもしれないが、真冬の今は風が冷たく、好んで使う人間は朔弥ぐらいだ。でも一人になれるこの場所が彼は好きだった。

 昼休憩になると、ここに来てしまう。外回り中の時は気にならないが、今日みたいに会社にいるときはどうも疎外感を感じるからだ。

 屋上から見える東京の景色はいいものとは言えなかった。夜になれば夜景として輝くのかもしれないが、昼間の今はただ無機質なビルが立ち並んで、青空を狭くしているだけ。自分がいた田舎の景色とは大きく違った。

 はあ、とため息をついた時、突然屋上の扉がガチャっと開いたので驚いた。電話をしながら一人の女性が入ってきたのだ。

「え~でもそれがほしいんだけどな~……限定品なら手に入らないかなあ」

 困ったように眉尻を下げているのは同僚の大島美鈴だった。それに気づいた朔弥ははっと表情を変えて慌てふためく。

 美鈴は大きな目が印象的な、小柄の可愛らしい女性だった。年は朔弥より三つ下のはず。いつでもニコニコとした人で、部署内で圧倒的人気の女性だ。

 朔弥も密かに美鈴を気に掛けていた一人でもある。

 朔弥が異動してきたときには一緒にランチに行ったこともあるが、その時に連絡先を聞きそびれてしまい、以降タイミングがない。今彼女は一人のようだ。もし電話が終われば、連絡先を聞くチャンスだが……。

(えー、めっちゃいいタイミングじゃん……! 大島さん、屋上に来ることあるんだ……!)

 ドキドキしながら美鈴を見つつ、無駄に咳をしたり体を動かしたりしてここにいるアピールをする。美鈴は電話に夢中で朔弥に気付く様子はない。屋上の入口付近で立ち止まっている。

 そのまま数分経ったところで美鈴が電話を切った。朔弥はよしっと心でガッツポーズを取る。美鈴に気付いてもらえるように、わざとらしい大きな伸びをしてみた。

 ちらりと、美鈴がこちらを見た、気がする。

 気づいた!

 だが美鈴はすぐに朔弥に背を向けて中に入っていこうとしたため、朔弥が慌てて声を掛けた。

「あ、あー! 大島、偶然!」

「……あ、どうも~」

 すぐに駆け寄りたいのを必死に堪え、朔弥は余裕ある歩みで美鈴に近づく。

「よく屋上来んの?」

「いえ、今日はたまたまです」

「そうなんだ~。俺は社内にいるときの昼は結構いるんだよね!」

「そうなんですか。寒いですから気を付けてくださいね。では」

 微笑んで去ろうとする美鈴を、朔弥は慌てて止めた。

「あ! そ、そういえば、俺たち連絡先交換してなかったよな? どうする?」

「……え?」

「仕事の相談とか? 乗れるし? まあ、俺から連絡することはないと思うけど、一応交換しておいたら便利かもしれねーよ?」

 朔弥はにっこりと笑ってそう言った。美鈴は一瞬きょとんとした後、ふっと鼻で笑った。

「あ~……今、スマホ壊れてるんです~」

 ……今電話していたそれは何だと言うのか。

 さすがの朔弥も、悟った。

 あ、俺、すごく迷惑がられてる。これ、ヤバいくらいうざがられてる。

 しまった、声をかけるんじゃなかった。完全に嫌われているじゃないか。

「……あ、そ、っか。ごめん、声かけて」

「いえ~また今度~」

 美鈴は愛想笑いを浮かべて、その場からそそくさと立ち去ってしまった。



 残された朔弥は一人、冷たい風に吹かれながら黄昏れていた。

 なんか、全然上手くいかない。どうも職場でも距離を取られているように見えるし、最初みたいにランチも飲みも誘われない。一体俺の何がいけないっていうんだ。

 あんなに漫画を読んだりして勉強してるのに……やっぱり田舎者っていうオーラが出てるんだろうか。

「はあ~」

 大きなため息をついた瞬間、すっと後ろを誰かが通った気配を感じてぎょっとした。振り返ってみると、弁当箱を持った華が屋上から出て行こうとするところだった。伸びた背筋に一つにまとめた黒髪、化粧っ気のない横顔。いつも通りの華だ。

「えっ……佐々山!??」

 ずっと屋上には自分しかいなかったはず。一体いつからいたというんだ?

 呼ばれた華は足を止めて静かに振り返る。

「はい」

「い、いったいいつからここに……?」

「はあ。深見さんが電話してる頃から」

 はじめからじゃないか!!!

 全てを理解した朔弥は顔がぶわっと赤くなる。

「……じゃあ、俺と大島の会話も……」

「聞いてました。気づかなかったですか? 私、存在感薄いのですみません」

「い、いや、気づかなかった俺が悪い……」

 朔弥は自分が美鈴に撃沈した様子を見られたのが恥ずかしくなり、口を手で覆った。あんなあからさまな避けられ方、傍から見たら滑稽だっただろうに。

 だが華は特に馬鹿にした様子もなく、淡々と言う。

「深見さんってそういう顔もするんですね」

「えっ。あ、いや、これは、しまった、あの」

 ついテンパって顔を背ける。いつも余裕のある顔を見せるようにしてきたのに、完全にペースが狂ってしまっている。

「いいと思います。もっと普通にしていたらいいのに。無理しなくても」

「……普通?」

「さっきのシーンを面白おかしく誰かに言ったりはしませんよ。少なくとも私は」

 美鈴本人はどうか知らないけれど。華は心の中で呟いた。昨日の飲み会での美鈴を思い出しながら。

 一方朔弥は静かに頭を搔く。

(まあ、佐々山さんってそういうタイプじゃなさそうだよな……静かで雑談もあまりしないし)

 いつも真面目で、口が固いのは想像がつく。まだ短期間しか一緒に仕事をしていないが、彼女の性格はよく分かっている気がした。

「それは、どうも……」

「それに私は近いうちに退職するので。ここの人間関係なんて何も気にしていませんから」

「え? 辞めるの?」

「上司と相談しようと思っています」

「なんでまた?」

「……まあ、いろいろ」

 華は意味深に呟いた。その表情を見て何かを察した朔弥は、それ以上追及しなかった。
 
「そっか……」

「ということなので。では」

「あ、あのさ!!」

 去ろうとした華を、朔弥が手首を掴んで引き留める。

「はい?」

「……折り入って相談があるんだけど……」

「私にですか?」

 朔弥はごくりと唾を飲み込んだ。

 口が固いし、すでに自分の情けない姿も見られている。この後退職予定なら、気を遣わせることもない。

 これはもう、華しかいない。

 朔弥は意を決して、華に尋ねる。

「ちょっと俺の何がいけないか、教えてくんない!!?」






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