拗らせ俺様が犬系彼氏になった理由
 確かに、一つ年上の先輩と五年、交際していた。違う会社の人で、大学時代からの知り合いだったのだ。

 半年前、彼の周りが結婚ラッシュだった。その話を聞くと、華も結婚を意識してしまう。そして彼も『華とならいい家庭を築けそう』と言ってくれ、華はとても喜んだ。

 式場を探したり、新居を探したりと、結婚への準備は自然と始まった。仕事が忙しい彼に変わり、華の方が必死に動いていた気がする。それでも、その時間は華にとって幸せの他何者でもなかった。

 親への挨拶も済み式場も決まり、いざ本格的に準備を始めようとした時、突然彼と連絡が取れなくなる。

 電話には出ない。ラインも返って来ない。

 心配になり家へ行こうと思った矢先、ようやく彼から会おうという連絡が来てホッとした。体調でも崩していたのか、それとも家族に不幸でもあったのか。でも結婚するんだから、一言言ってくれればいいのに……。

 でも待ち合わせの店に行った華を待っていたのは彼だけではなかった。隣に見知らぬ女性が座っていたのだ。

 ……誰?

 ぽかんとしていると、彼はまっすぐ華の方を見て言った。

『ごめん。彼女が妊娠したんだ』


 ……彼女?


 ぽかんとした華は状況が理解出来なかった。隣に座る女性はロングヘアの綺麗な人で、自分とは正反対だった。彼女は俯くことなく、余裕のある笑みでお腹を撫でていた。

『……どういうこと?』

『少し前から付き合いだして……華には早く言わなきゃって思ってたんだけど』

『……え?』

『妊娠しちゃって。だからごめん、華とは結婚できない』

 彼は深々と頭を下げた。

 女性はというと、華の事を上から下まで眺めて、明らかに嘲笑った目をしていた。こんな地味な女だったの? と視線が物語っていた。

 話を聞けば、華と結婚が決まった頃、同じ会社内の彼女と関係を持つようになったよう。そこからずるずると続いていると、妊娠が発覚したのだと。

 華は怒るより、ただただ悲しみに暮れた。

 本当なら殴ってやりたかった。目の前の水をぶっかけてやりたかった。でもそれすら出来ないほど、華は心にダメージを受けていた。

『……分かった』

 小さな声でそれだけ言うと、二人はホッとして手を繋いだ。ずっと隣にいた彼が、まるで別人のように見えた。

『華、ありがとう! でもこれからお金がいるからさ~慰謝料とかは勘弁してくれない? 子供に罪はないんだから!』

 彼はそう笑って言ったが、さすがに華は頷かなかった。親にも紹介した後でこんな仕打ちをしたくせに、何も誠意を見せない相手が信じられなかった。

『親にも会って式場も決まってたのにそれはないと思う。この件に関してはまた連絡します』

『えっ……慰謝料取る気? 華、趣味もないしおしゃれもしないし貯金あるだろ? 別にいいじゃん、子供が可哀想って思わないの?』

『……あなたが勝手に作った子供なんて知らないよ』

『つめた。そもそもさ、化粧っ気もないし服も地味だし、浮気される華にも原因はあったと思うよ。なんでもっと可愛くしなかったわけ? 』

 あまりに身勝手すぎる発言に、初めて華の中で怒りが芽生えた。勢いよく立ち上がり、相手を強く睨みつける。でも、その目は涙目だった。

 ……あなたが、私が少しでも鮮やかな色の服を着たり、メイクをしたりすると『いつもの方がいいよ』って笑ったんじゃない……。

 大学時代から付き合いのあった彼。華が普段とイメージが違う物を身に着けると、彼は必ずそう言った。てっきり、『いつもの方が華らしくて似合ってる』という意味なのかと思っていた。でも単に似合ってなかっただけなのか。


『五年付き合った私に、最後に誠意ぐらい見せられないの?』

 そんな泣きそうな華を、女は半笑いで見上げていた。

 確かに自分とは正反対のお洒落な女性だった。



 その後、彼から慰謝料は支払われた。だが華の心は何一つ晴れなかった。

 そしてSNSからは、華が必死で調べて予約した式場をキャンセルせず、そのまま二人で式を挙げる予定だと流れてきた。幸せそうな、キラキラしたツーショットと指輪を載せて。

 

「……嫌な事を思い出しちゃった』

 ぶるっと寒さに震える。こんな話、会社の人にはしたことがなかったのにどこで漏れたんだろう。まさか大島さんが知っていたなんて。これからどんどん噂が広がっていくかもしれない。

 会社では仲がいい人なんていないし、細々と仕事をしていけばいいと思ってた。好奇の視線にさらされるなんて御免だ。『可哀想』──そう思われながら仕事を続けるだなんて。

「転職しようかなあ」

 華はポツリと呟いた。誰も知り合いがいない、遠くへ行ってしまいたい。

 

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