拗らせ俺様が犬系彼氏になった理由
「ほんとです。深見さんのお部屋に来られて嬉しいです」
華の素直な言葉に、ぐうっと朔弥は押し黙る。
(佐々山さん、可愛さに手加減なしだ……なんかいつも俺は翻弄されてる感じ……)
ドキドキしている朔弥を置いて、華は漫画の一冊に手を伸ばして開いてみる。
「お姉さまもですけど、深見さんも結構好きなんですよね?」
「ぐっ。はい、結構……」
(そうだよね。好きじゃなかったら真似しないもんね)
「何を好きでもいいじゃないですか。男性が俺様ヒーロー出てくる少女漫画読んでたって」
「いい……のか? まあ、佐々山さんが引かないならそれでいいや。俺は佐々山さんにさえ嫌われなければそれでいいし」
さらっと言った言葉に、今度は華がぐっと胸を苦しくさせる番になった。
(……深見さんってなんでこうも素直なの……なんかいつも私がドキドキさせられてる感じ)
華はときめきを隠すように、ソファに座って漫画を読み始める。朔弥も隣に腰かけ、隣から漫画を覗き込んだ。
王道の俺様キャラだった。モテモテの人気者。顔はいいけれどちょっと口が悪くて自信家。恋愛には興味なかったのに、ヒロインにだけは溺愛して……。
華はちらりと隣の朔弥を見る。目が合った朔弥はどうしたのと言わんばかりに華に微笑みかけた。かわいい。
(やっぱり人が持つオーラやビジュアルって大事だよね)
漫画の中のヒーローはきりっとした鋭い目で、真っ黒なさらっとした黒髪。ふわっとした柔らかな髪や、笑うと目じりに皺が出来るあどけなさを持つ朔弥は、やっぱりこのキャラには向いていない。
「やっぱりヒロインのピンチに駆け付けるんですね」
「こうでなきゃだよね!」
「お姉さまもこの本読んでるんですよね?」
「うん、姉の紹介だから……」
他愛無い会話をしながら、和やかに二人で漫画を読み続ける。だがしばらくした後、少し違った展開が訪れた。
ベッドシーンだった。
そのページについたとき、朔弥は分かりやすくハッとした顔になり、華は困ったように目を泳がせた。中学生でもあるまいし、と突っ込みたくなる二人。ただ、まだ付き合って日も浅くなかなか進んでいない二人からすれば仕方のないことだった。
気まずい雰囲気が流れる。
朔弥が慌てた様子で言う。
「あ、あの、そろそろ夕飯を……!」
「今日、泊まって行ってもいいですか?」
華がそう尋ねると、朔弥は分かりやすく固まった。
(とま……泊まるって、何も準備が……え? 佐々山さんが? 泊ま……)
返事をしない朔弥に、華は不安そうに言う。
「……ダメですか? 急だったし、迷惑なら……」
「迷惑じゃありません!!!」
どでかい声で朔弥が言い、今度は華が驚く番だった。朔弥は深くため息をつく。
「はあ~……もうさ、佐々山さん、手加減してよ……俺、情けないぐらい引っ張れてない……」
「え、別にそんな……」
「俺ばっかドキドキして、身が持たないよ」
耳を赤くした朔弥が華を恨みがましそうに見た。その顔がまた、華の心をくすぐる。
……浩一から助けだしてくれた時や、大島さんを追求した時とは別人みたい……。
こんなの、そっちこそ手加減してほしい。ずるい。
「私だって、してますよ……深見さん、かっこよかったり可愛かったりで」
「可愛い? ……それ、いいの?」
拗ねたように口を尖らせたので、華は笑う。
「前も言いませんでしたっけ。女性から男性に対する可愛いは、かっこいいより沼な時がありますよ」
「……佐々山さんがいいならそれでいいけど」
そう言った朔弥は、すぐに華の口をキスで塞いだ。華の手から漫画が滑り落ち、ソファの下に落下する。
華の様子を確かめるように角度を変えて続くキスは、優しくて、でも熱を持ったものだった。
自然な流れでソファに押し倒された華は、朔弥を見上げる。
(あ……いつもとちょっと違う顔)
余裕のなさそうな、どこか苦しそうな。
普段とは違う、新しい顔。
華は甘い吐息を漏らしながら、顔が赤くなるのを自覚した。別に初めてってわけじゃない。でも凄く緊張するし、心臓が口から出てしまいそう。
「私の心臓の音……聞こえてません?」
「俺の心臓の音がうるさすぎて聞こえない」
「……ふふっ。ならよかった」
「ところで、ずっと言おうと思ってたけど」
「はい?」
「華って呼んでいい?」
……そんなの、許可いらないのに。
華は微笑んで、朔弥の髪にそっと触れる。
「私も……名前でいいですか」
「ダメなわけないでしょ」
ゆっくり目を閉じた華に、朔弥が再び口づけた。
額に張り付いた前髪を、華はそっと剥がした。乱れた息を整えるようにゆっくり深呼吸する。
朔弥のベッドのシーツは、何だかさらりとしていて触り心地がよかった。それを確かめるように、シーツを掌で撫でる。
するとそんな華の手を、朔弥の大きな手が握った。汗ばんだ手だった。
朔弥を見ると、彼の前髪も少し汗ばんでいて、お揃いだ、と華は密かに笑った。
「このシーツ、なんか触り心地いいですね。どこのですか?」
「なんか駅前にあった家具屋で。気持ちいいよね」
朔弥は笑う。その笑顔はいつもの様子で、さっきとはまるで別人みたいだった。
華は素直に言う。
「なんて言うか……いろんな顔を持ってますよね」
「え、俺?」
本人はきょとんとしているけれど、無自覚か。
あれだけ普段は可愛らしい感じなのに、さっきは全然違った。華を見下ろす熱い目線や、締まった上半身、華を呼ぶ低い声を思い出して何だか恥ずかしくなる。
朔弥は何か勘違いしているのか、はっとした顔になった。
「俺、変だった……!? どっか失敗した!?」
「そ、そういうわけじゃないです! 失敗どころか!」
「おかしかったら言って!! 勉強して直す!!」
「だからそういうんじゃないですって! ていうか勉強って……何でするつもりですか」
華が目を据わらせて言った。朔弥は困ったように唸る。
「確かに……女性向けエロ漫画は……」
「絶対また変な方向に行くからやめてください」
「変な方向って……」
「凄くしつこい言葉攻めとか」
「……自分でもしそうだから言い返せない……」
「……ふふっ」
つい、華は笑ってしまい、朔弥もつられた。そんな二人の手は繋がれたままだ。
朔弥は華の髪を撫でる。
「冗談は置いといて、なんかあったら言ってね。まあでも華は正直者だから、ちゃんと言ってくれるかな」
「……はい」
「鍋の材料買って来たけど、暑くなっちゃったね?」
「明日、食べませんか。今日は他の物でも」
「そうしよう」
朔弥はふうと息を吐くと、幸せをかみしめるように目を細めた。
「俺、こっちに異動になってよかったなー。そして華に会えてよかった。付き合ってくれてありがとう」
「……私のセリフです」
お互いが感謝し合えている。
あの時、もし華が屋上にいなければこんな生活はなかったのかもしれない。
ちょっと変わった始まりだったけれど、今こうして幸せならなんでもいい。
「華。明日はどこに出かけようね」
「はい。ケーキ食べに行きませんか」
「やった! 行きたい!」
嬉しそうに笑う朔弥を見て、華も嬉しそうに笑う。
異動だけじゃなくて、華はこっそりどS俺様の少女漫画にも感謝している。同時に朔弥の姉にも。
あれがなかったら、今こうしてないかもしれないもんね。
完 ありがとうございました!
華の素直な言葉に、ぐうっと朔弥は押し黙る。
(佐々山さん、可愛さに手加減なしだ……なんかいつも俺は翻弄されてる感じ……)
ドキドキしている朔弥を置いて、華は漫画の一冊に手を伸ばして開いてみる。
「お姉さまもですけど、深見さんも結構好きなんですよね?」
「ぐっ。はい、結構……」
(そうだよね。好きじゃなかったら真似しないもんね)
「何を好きでもいいじゃないですか。男性が俺様ヒーロー出てくる少女漫画読んでたって」
「いい……のか? まあ、佐々山さんが引かないならそれでいいや。俺は佐々山さんにさえ嫌われなければそれでいいし」
さらっと言った言葉に、今度は華がぐっと胸を苦しくさせる番になった。
(……深見さんってなんでこうも素直なの……なんかいつも私がドキドキさせられてる感じ)
華はときめきを隠すように、ソファに座って漫画を読み始める。朔弥も隣に腰かけ、隣から漫画を覗き込んだ。
王道の俺様キャラだった。モテモテの人気者。顔はいいけれどちょっと口が悪くて自信家。恋愛には興味なかったのに、ヒロインにだけは溺愛して……。
華はちらりと隣の朔弥を見る。目が合った朔弥はどうしたのと言わんばかりに華に微笑みかけた。かわいい。
(やっぱり人が持つオーラやビジュアルって大事だよね)
漫画の中のヒーローはきりっとした鋭い目で、真っ黒なさらっとした黒髪。ふわっとした柔らかな髪や、笑うと目じりに皺が出来るあどけなさを持つ朔弥は、やっぱりこのキャラには向いていない。
「やっぱりヒロインのピンチに駆け付けるんですね」
「こうでなきゃだよね!」
「お姉さまもこの本読んでるんですよね?」
「うん、姉の紹介だから……」
他愛無い会話をしながら、和やかに二人で漫画を読み続ける。だがしばらくした後、少し違った展開が訪れた。
ベッドシーンだった。
そのページについたとき、朔弥は分かりやすくハッとした顔になり、華は困ったように目を泳がせた。中学生でもあるまいし、と突っ込みたくなる二人。ただ、まだ付き合って日も浅くなかなか進んでいない二人からすれば仕方のないことだった。
気まずい雰囲気が流れる。
朔弥が慌てた様子で言う。
「あ、あの、そろそろ夕飯を……!」
「今日、泊まって行ってもいいですか?」
華がそう尋ねると、朔弥は分かりやすく固まった。
(とま……泊まるって、何も準備が……え? 佐々山さんが? 泊ま……)
返事をしない朔弥に、華は不安そうに言う。
「……ダメですか? 急だったし、迷惑なら……」
「迷惑じゃありません!!!」
どでかい声で朔弥が言い、今度は華が驚く番だった。朔弥は深くため息をつく。
「はあ~……もうさ、佐々山さん、手加減してよ……俺、情けないぐらい引っ張れてない……」
「え、別にそんな……」
「俺ばっかドキドキして、身が持たないよ」
耳を赤くした朔弥が華を恨みがましそうに見た。その顔がまた、華の心をくすぐる。
……浩一から助けだしてくれた時や、大島さんを追求した時とは別人みたい……。
こんなの、そっちこそ手加減してほしい。ずるい。
「私だって、してますよ……深見さん、かっこよかったり可愛かったりで」
「可愛い? ……それ、いいの?」
拗ねたように口を尖らせたので、華は笑う。
「前も言いませんでしたっけ。女性から男性に対する可愛いは、かっこいいより沼な時がありますよ」
「……佐々山さんがいいならそれでいいけど」
そう言った朔弥は、すぐに華の口をキスで塞いだ。華の手から漫画が滑り落ち、ソファの下に落下する。
華の様子を確かめるように角度を変えて続くキスは、優しくて、でも熱を持ったものだった。
自然な流れでソファに押し倒された華は、朔弥を見上げる。
(あ……いつもとちょっと違う顔)
余裕のなさそうな、どこか苦しそうな。
普段とは違う、新しい顔。
華は甘い吐息を漏らしながら、顔が赤くなるのを自覚した。別に初めてってわけじゃない。でも凄く緊張するし、心臓が口から出てしまいそう。
「私の心臓の音……聞こえてません?」
「俺の心臓の音がうるさすぎて聞こえない」
「……ふふっ。ならよかった」
「ところで、ずっと言おうと思ってたけど」
「はい?」
「華って呼んでいい?」
……そんなの、許可いらないのに。
華は微笑んで、朔弥の髪にそっと触れる。
「私も……名前でいいですか」
「ダメなわけないでしょ」
ゆっくり目を閉じた華に、朔弥が再び口づけた。
額に張り付いた前髪を、華はそっと剥がした。乱れた息を整えるようにゆっくり深呼吸する。
朔弥のベッドのシーツは、何だかさらりとしていて触り心地がよかった。それを確かめるように、シーツを掌で撫でる。
するとそんな華の手を、朔弥の大きな手が握った。汗ばんだ手だった。
朔弥を見ると、彼の前髪も少し汗ばんでいて、お揃いだ、と華は密かに笑った。
「このシーツ、なんか触り心地いいですね。どこのですか?」
「なんか駅前にあった家具屋で。気持ちいいよね」
朔弥は笑う。その笑顔はいつもの様子で、さっきとはまるで別人みたいだった。
華は素直に言う。
「なんて言うか……いろんな顔を持ってますよね」
「え、俺?」
本人はきょとんとしているけれど、無自覚か。
あれだけ普段は可愛らしい感じなのに、さっきは全然違った。華を見下ろす熱い目線や、締まった上半身、華を呼ぶ低い声を思い出して何だか恥ずかしくなる。
朔弥は何か勘違いしているのか、はっとした顔になった。
「俺、変だった……!? どっか失敗した!?」
「そ、そういうわけじゃないです! 失敗どころか!」
「おかしかったら言って!! 勉強して直す!!」
「だからそういうんじゃないですって! ていうか勉強って……何でするつもりですか」
華が目を据わらせて言った。朔弥は困ったように唸る。
「確かに……女性向けエロ漫画は……」
「絶対また変な方向に行くからやめてください」
「変な方向って……」
「凄くしつこい言葉攻めとか」
「……自分でもしそうだから言い返せない……」
「……ふふっ」
つい、華は笑ってしまい、朔弥もつられた。そんな二人の手は繋がれたままだ。
朔弥は華の髪を撫でる。
「冗談は置いといて、なんかあったら言ってね。まあでも華は正直者だから、ちゃんと言ってくれるかな」
「……はい」
「鍋の材料買って来たけど、暑くなっちゃったね?」
「明日、食べませんか。今日は他の物でも」
「そうしよう」
朔弥はふうと息を吐くと、幸せをかみしめるように目を細めた。
「俺、こっちに異動になってよかったなー。そして華に会えてよかった。付き合ってくれてありがとう」
「……私のセリフです」
お互いが感謝し合えている。
あの時、もし華が屋上にいなければこんな生活はなかったのかもしれない。
ちょっと変わった始まりだったけれど、今こうして幸せならなんでもいい。
「華。明日はどこに出かけようね」
「はい。ケーキ食べに行きませんか」
「やった! 行きたい!」
嬉しそうに笑う朔弥を見て、華も嬉しそうに笑う。
異動だけじゃなくて、華はこっそりどS俺様の少女漫画にも感謝している。同時に朔弥の姉にも。
あれがなかったら、今こうしてないかもしれないもんね。
完 ありがとうございました!


