Bitter Peach─この想いを、恋と呼べないまま─

9.優しさと拒絶

 直幹は四月の下旬に連休になったようで、柚月も同じだったので初日に会えることになった。いつものように駅前で待ち合わせて食事をして、ショッピングモールの中で映画を見て、少し買い物をしてからMOONにやってきた。
 柚月がドアを開けて入ったときマスターは嬉しそうな顔をしていたけれど、後ろから入ってきた直幹を見て一瞬にして表情を変えてしまった。マスターは柚月にだけ分かるように人差し指を口の前に立ててから、カウンターの端の席をすすめた。
「柚月、何飲む?」
「どうしよっかなぁ。今日は……」
「いつもピーチのやつ飲んでるよな?」
「うん。飲みやすいから。たまには違うのにしようかな」
 お酒を飲みだした頃は友人も含めてカクテル派が多く、飲み会の最後のほうに誰かが勢いで〝ワイン開けよう!〟と言ってみんなで分けて飲んだこともあった。名前だけでは分からないお酒は、他の人が飲んでいるのを見てから味の感想を聞いた。
 今では飲めるものも増えたけれど、飲みたいものはあまり変わっていない。
「今日は、梅酒にしよう」
「ははっ、果実酒には変わりないな。ソーダか?」
「……ううん。今日はロック。明日も休みやし」
 ──それが、この日の柚月には合わなかったらしい。
 梅酒は何度も飲んだことがあるし、ロックも初めてではなかった。以前に輝生とMOONに来たときにも飲んでいるし、家にも小さい瓶を置いていた。
 直幹と短い間隔で会えたことが嬉しかったのか、それとも将来の話をまたできたのが嬉しかったのか、柚月はいつもより速いペースでお酒を飲んだ。それは決してハイペースではなかったけれど、直幹と同じペースでおかわりした結果、柚月は早くに目蓋が閉じてきてしまった。
「柚月、柚月、大丈夫か? 眠い?」
「うん……大丈夫……」
 あまりの眠たさに柚月はカウンターに伏せてしまった。寝てはいけない、と分かっているけれど、身体は思うように起きてくれない。意識の奥の遠くのほうで甘い香りがする。
「柚月、家まで送るわ。どこ? 教えて」
「うん……ん? ん……」
 直幹が心配してくれているのは、遠くのほうにぼんやり聞いていた。けれどMOONの店内の温かさもあってお酒が回ってきてしまい、意識は全くはっきりしなかった。
「マスター、この子の家、どこか知ってます?」
 直幹はマスターに聞いていたけれど、柚月も輝生も住所は教えていない。
「どうしようかな……」
 しばらく考えてから、直幹はどこかに電話していた。そして柚月の家の住所を聞いたようで、スマホの地図で調べてから柚月を抱えるようにしてMOONを出た。
「すぐ着くから、頑張って歩けよ」
「うん……送ってくれるん? ありがとう……」
 直幹に支えられて歩きながら、柚月の足はふらふらと家へ向いていた。このまま直幹と一緒に過ごしたかったけれど、それよりもいまは一刻も早く布団に入って眠ってしまいたかった。
「えーっと、ここか……? 柚月、ここ?」
「ん? うん、ここ……」
 柚月はそのまま家の中に入ろうとしたけれど。
 寝てしまいそうな柚月を心配してか、直幹は柚月を抱えたままインターホンを押した。中から応答はできるけれど、ドアが開いて──輝生が出てきてしまった。
「あの、ここ柚月が住んでるとこですか? 北原柚月」
「そうだけど──寝てるの?」
「はい……。柚月、柚月、着いたぞ」
「ん? ……あっ──」
 自分が置かれた状況を理解して、柚月はようやく目を覚ました。顔を上げて輝生を見て、彼の服装を見て、最後に恐る恐る直幹の顔を見た。
「つーか、男……? 部屋着……あんた、どっかで見たことある……」
 直幹の顔はだんだん強ばっていき、柚月を支えていた手も離してしまった。
「あっ、思い出した、MOONで見た! えっ、柚月、まさか」
 直幹の声のトーンが低くなった。
「違う」
「こいつと浮気」
「違うから」
「いや、こんな風呂上がりの格好で何がちゃうねん、浮気やろ」
「違う、ルームシェアしてるだけ! 信じて!」
 輝生とは本当に何の関係もない、と柚月は主張したけれど、直幹は信じてくれなかった。
「信じられるわけないやろ。前はたまに会う人って言ってたし、今まで場所教えてくれんかったのも、バレたら困るからやろ」
「それは、私だってこんな予定じゃなかった、私は、女の人が来るって、信じてて」
 直幹は険しい顔で柚月を見て、それから輝生を見た。
「……そうらしいぞ」
「おばあちゃんが相手決めたから、何も心配してなかったのに、来たのこの人で、私びっくりして……信じてよ」
「一応こいつの名誉のために言っとくけど、本当に俺には無関心だぞ」
「……無理。ルームシェアにしても、男と二人で住んでるとか、そんな女、嫌やわ。柚月、別れよ」
「えっ、待って」
「もう連絡してくんな。そいつと暮らしてろ」
「待って直幹、この人は」
 柚月は帰ろうとする直幹の腕を掴もうとしたけれど、直幹は勢い良く振り払うとそのまま行ってしまった。直幹は最後まで柚月を睨んだままで、話を聞いてくれなかった。
「直幹、待ってよ……なんで……なんで……!」
「外で泣くな、こんな時間に」
「あっ、あんたのせいっ!」
「……俺のせい?」
「そうよ、全部、全部、あんたの……!」
 柚月は家の前で泣き崩れてしまった。それほど遅い時間ではないけれど、周りが静かなので近所に聞こえてしまう。よく顔を合わせる人たちとは挨拶くらいはしているので、次に会うとき変な疑いをされるのも嫌だ。
「──とりあえず中に入れ。風邪ひくぞ」
 涙で視界がぼやけていたので、壁や家具にぶつかりながらリビングに入った。階段を上って部屋に行く気力もなく、ソファに座って膝を抱えた。テレビがついていたけれど柚月はまだ涙が止まっていなかったし、輝生も見る気にならなかったのか、リモコンで消していた。
「何か飲むか?」
「……いい」
「腹は? 飯食った?」
「……食べた」
 輝生はそれ以上は何も言わず、ただ柚月の手が届くところにティッシュを移動させてくれていた。
 大学の卒業式の日に友人たちが言っていたことが現実になってしまった。ルームシェアをしている相手が異性だった場合、恋人からは高確率で別れを告げられる。それは柚月も分かっていたので直幹に話すつもりにしていたけれど、それよりも直幹の拒絶反応が強くてどうにもならなかった。
「おい、柚月、そこで寝るなよ」
「……うん」
 少し落ち着いてから部屋に戻るつもりにしていたけれど。
 今さらひどい頭痛がしてきて、ころんと横になるとそのまま寝てしまった。
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