Bitter Peach
・・・<4月>
6.新しい職場 ─side 輝生─
輝生の新しい職場は、家から車で二十分ほどのところにあった。都会の中心部にある店で、店構えも内装も全てが洗練されていた。と言っても気のせいか土地柄か、以前の職場のほうが品がある気が少しだけした。
男女両方の衣料品や雑貨を扱うアパレルなので、従業員はどちらかというと女性のほうが多い。男の店長で頼りやすい、と言ってくれる男性従業員の声をちらほら聞いたけれど、分かりやすく輝生を目の保養としている女性従業員もいた。
「田﨑店長って、東京から来られたんですよね?」
「うん。あっちで三店舗くらい行ったかな」
特に出世に興味はなかったけれど、真面目に働いているうちにいつの間にか昇格していた。店長になったのは、この店に異動になるのと同時だった。
「店長、歓送迎会するんですけど、ダメな日ありますか?」
「──いや? いつでも良いよ」
何もなければ柚月と食事をすることにしているけれど、歓送迎会の話はお互いにしていた。これから一緒に働くことになるメンバーと仲良くなりたいし、店や近辺の情報を働く人間からも聞いておきたかった。
仕事に慣れるまで、特に週末は遅番のことが多かったので、歓送迎会は四月になってから行われることになった。前任の店長にも声をかけると、近くの店舗で働いているようなので参加してもらえた。ちなみに輝生は以前いた地域に戻れる予定がなかったので、送別会は異動前にしてもらった。
「店長、どこに住んでるんですか?」
「どこ……、市内だけど」
「マンションですか?」
「いや、一軒家」
「えっ、マジすか? 今度、遊びに行っていいですか?」
輝生より年下の男性たちは、酒を持って遊びに行く、とはしゃいでいたけれど。
「やめろ、同居人に迷惑」
「同居人? ルームシェアしてるんですか?」
「そういうことになるな。俺のばあちゃんが持ってる物件で、たまたま募集してたから」
それなら家賃は浮いて良いじゃないですか、とまた男性たちはまた騒ぎ始めた。お酒が入っているとはいえ、これは大阪のノリなのか、となんとなく思ってしまう。
「こっちには一人で来たんですか?」
聞いてきたのは副店長の独身女性だった。輝生を目の保養としていそうな女性たちの中で、彼女がいちばん輝生に興味を示していた。年齢はきっと輝生よりも上だけれど、聞くと怒られるので口にはしていない。
「一人で来ました」
「東京に、彼女さんとか、いるんですか?」
「いや……いないですよ」
その一言で、副店長を含めた独身女性たち全員が盛り上がったけれど、輝生は特に何も思わなかった。パッと見で気になる人はいなかったし、いたとしてまだ内面が全く分からなかった。相手がどういう人か分かって結婚しても良いと思わない限り、輝生は誰とも付き合うつもりはない。
「じゃあ、仕事以外で女性と会うことってないじゃないですか」
先程まで盛り上がっていた男性たちは、哀れそうな目で輝生を見ていた。
「……そんな目で見るな」
「店長、合コンしましょ! 俺、女の子集めますから! 可愛い子集めます!」
「いや……、合コンは好きじゃない」
「そんなこと言わんと」
「店長もしかして、好きな子いるんですか?」
「いや? いないけど」
「それなら合コンしましょうよ! 店長格好良いから、モテますよ」
「いや、本当に、良いから」
それからもしつこく年下男性たちから合コンに誘われたけれど、輝生は決して『行く』とは言わなかった。
彼らの言うことを信じるなら、輝生はモテるのかもしれない。けれどそもそも初対面の人と一緒に騒ぐのは好きではないし、可愛い女性がいたとして、好きになる気も全くしなかった。
「田﨑店長、やっぱり好きな子いるんじゃないですか?」
「だから、いないって」
「でも、そんだけ合コン断るって……さては、近くに女の子おるな?」
聞いてきたのは、少し離れて様子を見ていた年上の女性だった。彼女はパートタイマーで、結婚していて子供も二人いるらしい。
「まあ……いますけど。ルームシェアしてるのが、新卒の女の子です」
「うわ」
「でもお互いに興味ないし、あっちも男いるし」
三月末に柚月と『MOON』で会ったとき、一緒にいるのが恋人だとはすぐに分かった。ルームシェアする相手が男だと話せない、と悩んでいたので、柚月は輝生のことは顔見知り程度の設定にしたともなんとなく察した。
だから二人がMOONを出ていくときは軽く会釈するに止めて、敢えて柚月のほうは見なかった。二人の気配が完全に消えてから、大きなため息をついた。
輝生は割りとすぐ帰宅したけれど、柚月が帰宅したのはそれから二時間ほど経ってからだった。
『遅くなるなら連絡するように言っただろ』
柚月が帰ってくるまで、輝生はリビングで適当にテレビを見ていた。
『……すみません』
『まぁ、別にあんたらの邪魔するつもりはないけど』
大阪市内ではあるけどほぼ住宅街なのでMOONのほかに近くにバーのような店はないし、開いている店もない。どこかしらで愛し合っていたのだろうと勝手に推測したので、それ以上は何も言わなかった。輝生がテレビを消して部屋に入ったあと、少ししてから柚月がだるそうに階段を上る足音が聞こえた。
「その子、よくルームシェアOKしましたね?」
「いや──、完全に、女だと思い込んでたらしい」
「店長は知ってたんですか?」
「そいつ──ばあちゃんの本当の孫でさ」
部屋を探していたとき、サト子からルームシェアの話を聞いた。ユヅキと言うので特に気にせず提案を受け入れたあと、直前になってから写真を見せられた。
『えっ、ユヅキって、女?』
『そうよ。別に良いでしょ?』
『まぁ……』
柚月の事情は年齢くらいしか知らなかったし、仮に男だったとしても、特に深く仲良くなろうとも思っていなかった。生活できる場所が欲しかっただけなので、同居人は誰でも良かった。
「店長は、お祖母さんとは本当の家族ではないの?」
「そうです。俺、幼い時に両親を亡くしてて、引き取ってくれたのがばあちゃんで」
養子縁組はしなかったようなので、戸籍は別のままだ。
「じゃあ、店長、その子と親戚でもないんやったら、チャンスあるじゃないですか!」
「いや、だから、男いるって。俺、見たし」
でも、その男より良いと思われたら勝ちですよね! 会ってみたいっす! と男性たちが騒ぎだしたので、俺まで嫌われるからそれはやめろ、とため息をついた。
男女両方の衣料品や雑貨を扱うアパレルなので、従業員はどちらかというと女性のほうが多い。男の店長で頼りやすい、と言ってくれる男性従業員の声をちらほら聞いたけれど、分かりやすく輝生を目の保養としている女性従業員もいた。
「田﨑店長って、東京から来られたんですよね?」
「うん。あっちで三店舗くらい行ったかな」
特に出世に興味はなかったけれど、真面目に働いているうちにいつの間にか昇格していた。店長になったのは、この店に異動になるのと同時だった。
「店長、歓送迎会するんですけど、ダメな日ありますか?」
「──いや? いつでも良いよ」
何もなければ柚月と食事をすることにしているけれど、歓送迎会の話はお互いにしていた。これから一緒に働くことになるメンバーと仲良くなりたいし、店や近辺の情報を働く人間からも聞いておきたかった。
仕事に慣れるまで、特に週末は遅番のことが多かったので、歓送迎会は四月になってから行われることになった。前任の店長にも声をかけると、近くの店舗で働いているようなので参加してもらえた。ちなみに輝生は以前いた地域に戻れる予定がなかったので、送別会は異動前にしてもらった。
「店長、どこに住んでるんですか?」
「どこ……、市内だけど」
「マンションですか?」
「いや、一軒家」
「えっ、マジすか? 今度、遊びに行っていいですか?」
輝生より年下の男性たちは、酒を持って遊びに行く、とはしゃいでいたけれど。
「やめろ、同居人に迷惑」
「同居人? ルームシェアしてるんですか?」
「そういうことになるな。俺のばあちゃんが持ってる物件で、たまたま募集してたから」
それなら家賃は浮いて良いじゃないですか、とまた男性たちはまた騒ぎ始めた。お酒が入っているとはいえ、これは大阪のノリなのか、となんとなく思ってしまう。
「こっちには一人で来たんですか?」
聞いてきたのは副店長の独身女性だった。輝生を目の保養としていそうな女性たちの中で、彼女がいちばん輝生に興味を示していた。年齢はきっと輝生よりも上だけれど、聞くと怒られるので口にはしていない。
「一人で来ました」
「東京に、彼女さんとか、いるんですか?」
「いや……いないですよ」
その一言で、副店長を含めた独身女性たち全員が盛り上がったけれど、輝生は特に何も思わなかった。パッと見で気になる人はいなかったし、いたとしてまだ内面が全く分からなかった。相手がどういう人か分かって結婚しても良いと思わない限り、輝生は誰とも付き合うつもりはない。
「じゃあ、仕事以外で女性と会うことってないじゃないですか」
先程まで盛り上がっていた男性たちは、哀れそうな目で輝生を見ていた。
「……そんな目で見るな」
「店長、合コンしましょ! 俺、女の子集めますから! 可愛い子集めます!」
「いや……、合コンは好きじゃない」
「そんなこと言わんと」
「店長もしかして、好きな子いるんですか?」
「いや? いないけど」
「それなら合コンしましょうよ! 店長格好良いから、モテますよ」
「いや、本当に、良いから」
それからもしつこく年下男性たちから合コンに誘われたけれど、輝生は決して『行く』とは言わなかった。
彼らの言うことを信じるなら、輝生はモテるのかもしれない。けれどそもそも初対面の人と一緒に騒ぐのは好きではないし、可愛い女性がいたとして、好きになる気も全くしなかった。
「田﨑店長、やっぱり好きな子いるんじゃないですか?」
「だから、いないって」
「でも、そんだけ合コン断るって……さては、近くに女の子おるな?」
聞いてきたのは、少し離れて様子を見ていた年上の女性だった。彼女はパートタイマーで、結婚していて子供も二人いるらしい。
「まあ……いますけど。ルームシェアしてるのが、新卒の女の子です」
「うわ」
「でもお互いに興味ないし、あっちも男いるし」
三月末に柚月と『MOON』で会ったとき、一緒にいるのが恋人だとはすぐに分かった。ルームシェアする相手が男だと話せない、と悩んでいたので、柚月は輝生のことは顔見知り程度の設定にしたともなんとなく察した。
だから二人がMOONを出ていくときは軽く会釈するに止めて、敢えて柚月のほうは見なかった。二人の気配が完全に消えてから、大きなため息をついた。
輝生は割りとすぐ帰宅したけれど、柚月が帰宅したのはそれから二時間ほど経ってからだった。
『遅くなるなら連絡するように言っただろ』
柚月が帰ってくるまで、輝生はリビングで適当にテレビを見ていた。
『……すみません』
『まぁ、別にあんたらの邪魔するつもりはないけど』
大阪市内ではあるけどほぼ住宅街なのでMOONのほかに近くにバーのような店はないし、開いている店もない。どこかしらで愛し合っていたのだろうと勝手に推測したので、それ以上は何も言わなかった。輝生がテレビを消して部屋に入ったあと、少ししてから柚月がだるそうに階段を上る足音が聞こえた。
「その子、よくルームシェアOKしましたね?」
「いや──、完全に、女だと思い込んでたらしい」
「店長は知ってたんですか?」
「そいつ──ばあちゃんの本当の孫でさ」
部屋を探していたとき、サト子からルームシェアの話を聞いた。ユヅキと言うので特に気にせず提案を受け入れたあと、直前になってから写真を見せられた。
『えっ、ユヅキって、女?』
『そうよ。別に良いでしょ?』
『まぁ……』
柚月の事情は年齢くらいしか知らなかったし、仮に男だったとしても、特に深く仲良くなろうとも思っていなかった。生活できる場所が欲しかっただけなので、同居人は誰でも良かった。
「店長は、お祖母さんとは本当の家族ではないの?」
「そうです。俺、幼い時に両親を亡くしてて、引き取ってくれたのがばあちゃんで」
養子縁組はしなかったようなので、戸籍は別のままだ。
「じゃあ、店長、その子と親戚でもないんやったら、チャンスあるじゃないですか!」
「いや、だから、男いるって。俺、見たし」
でも、その男より良いと思われたら勝ちですよね! 会ってみたいっす! と男性たちが騒ぎだしたので、俺まで嫌われるからそれはやめろ、とため息をついた。