【異世界恋愛*短編集】変わり者の令嬢はハッピーエンドをつかみ取る
「スタンリー。剣術ばかりにかまけているようだが、夏季休暇前の学科試験は大丈夫なのだろうな? アイゼル侯爵家の次期当主が落第しては目も当てられんぞ」
夕食の席にて。
アイゼル侯爵から厳しい眼差しを向けられ、スタンリーはナイフとフォークを使う手を止めた。
不機嫌そうに父親を見て、「問題ありません」とそっけなく告げる。
「中位より下に落ちたことなど一度もありませんので。今回も余裕で合格できるでしょう」
スタンリーもこの十年ですっかり成長していた。
少し癖毛の輝く金髪に、美しい碧の瞳。端正な顔立ちに似合わぬ剣術の名手で、スタンリーは学年を問わず貴族令嬢たちの憧れの的となった。
けれどそんな彼の婚約者であるクラウディアは髪の色も顔立ちも平凡で、隣に立つと不釣り合いだと自分でもしみじみ感じていた。
「平均で満足してどうするの? 少しはクラウディアの優秀さを見習いなさいな」
エミリアも夫と一緒になって小言を飛ばす。
スタンリーの眉間にますます皺が寄ったのに気づいて、クラウディアはそっと息を吐いた。
アイゼル侯爵夫妻の言い分はよくわかる。
侯爵家次期当主には剣術よりむしろ、社交や学問の方がずっと重要なのだ。スタンリーは同級生だけでなく後輩にも広く慕われているので、あと必要なのは学力だけだろう。
スタンリーが両親から叱られたことで、食卓の雰囲気はすっかり悪くなった。
食器の触れ合う音だけがかすかに響く中、「そういえば」とエミリアがことさら明るい声を出す。
「クラウディア。最近は何か目新しい小説はあって?」
クラウディアが息子の婚約者として共に暮らすようになってから、エミリアはクラウディアに影響されて読書を好むようになった。
そして流行りの小説という共通の話題で、それまで付き合いの浅かった貴族とも交流が生まれたらしい。クラウディアはあらゆる物語に精通しているので、エミリアはしょっちゅうクラウディアに情報をねだるのだ。
「あなたが今夢中になっているのは騎士物語なのでしょう。お茶会の話題にするには少し華やかさに欠けるから、お薦めの恋物語なんかあれば教えてちょうだい」
「……あら。お言葉ですが、お義母様」
まだ婚約段階ではあるものの、クラウディアは夫妻たっての希望もあって、アイゼル侯爵を義父、そしてエミリアを義母と呼んでいた。
「騎士物語にだって華やかさはあります。特に、今学院で大流行しているシリーズは凄いのですよ。魅力的な騎士様が次々と登場して、どのお方が一番素敵かと迷うほどなのです」
「まあ。そうなの?」
大好きな物語の話をするとき、クラウディアの口調は自然と熱を帯びる。
少し興味を持った様子のエミリアに、頬を上気させたクラウディアは大きくうなずいた。
「はい。わたくしのお友達の間でもそれぞれ『推し』が違いますので、お茶会ではいつも皆さん、ご自分の推しについて熱く語ってとても盛り上がるのです」
「……おし?」
「贔屓の登場人物、といった意味です」
エミリアは感心したように首肯した。
推し、推しねと何度もつぶやき、にっこりと笑う。
「クラウディアにも推しがいるのね?」
フォークを使うスタンリーの手がぴくりと跳ねた。
それを視界の端にちらりと映し、クラウディアは恥ずかしそうに目を伏せる。
「……ええ。その、一応……」
「まあまあ。クラウディアが好むのは一体どんな殿方なのかしら? 主役の騎士様なの?」
目を輝かせるエミリアに、クラウディアははにかんで小さく首を横に振った。
「その、主役どころか脇役とも言えないような……いわゆるモブ、かもしれないのですけれど」
「まあ!」
「あ、ですがとても素敵なのですよ。きっと今後発売される次巻以降では大活躍間違いなしなのです。わたくしはそう信じています」
ムキになって早口で言い募るクラウディアに、エミリアはこらえかねたように噴き出した。
同時に、ガタッと椅子を引く音がする。
食事を終えたスタンリーが、「お先に失礼」と冷たく吐き捨てて立ち上がったのだ。
「それで、どんな殿方なの?」
息子の様子にエミリアは少しも頓着していない。
背後を通り抜けるスタンリーを気にしながら、クラウディアはおろおろと頬を赤らめた。
「彼は……剣の腕は他の騎士たちに劣りますが、とても切れ者なのです。剣の技を磨くことばかりに執心する主人公たちに、知力を使った戦い方を教えてあげます。その、わたくし……」
ほう、とクラウディアが熱っぽく息を吐く。
「賢い殿方って、なんて素敵なのかしらと憧れるのです」
夕食の席にて。
アイゼル侯爵から厳しい眼差しを向けられ、スタンリーはナイフとフォークを使う手を止めた。
不機嫌そうに父親を見て、「問題ありません」とそっけなく告げる。
「中位より下に落ちたことなど一度もありませんので。今回も余裕で合格できるでしょう」
スタンリーもこの十年ですっかり成長していた。
少し癖毛の輝く金髪に、美しい碧の瞳。端正な顔立ちに似合わぬ剣術の名手で、スタンリーは学年を問わず貴族令嬢たちの憧れの的となった。
けれどそんな彼の婚約者であるクラウディアは髪の色も顔立ちも平凡で、隣に立つと不釣り合いだと自分でもしみじみ感じていた。
「平均で満足してどうするの? 少しはクラウディアの優秀さを見習いなさいな」
エミリアも夫と一緒になって小言を飛ばす。
スタンリーの眉間にますます皺が寄ったのに気づいて、クラウディアはそっと息を吐いた。
アイゼル侯爵夫妻の言い分はよくわかる。
侯爵家次期当主には剣術よりむしろ、社交や学問の方がずっと重要なのだ。スタンリーは同級生だけでなく後輩にも広く慕われているので、あと必要なのは学力だけだろう。
スタンリーが両親から叱られたことで、食卓の雰囲気はすっかり悪くなった。
食器の触れ合う音だけがかすかに響く中、「そういえば」とエミリアがことさら明るい声を出す。
「クラウディア。最近は何か目新しい小説はあって?」
クラウディアが息子の婚約者として共に暮らすようになってから、エミリアはクラウディアに影響されて読書を好むようになった。
そして流行りの小説という共通の話題で、それまで付き合いの浅かった貴族とも交流が生まれたらしい。クラウディアはあらゆる物語に精通しているので、エミリアはしょっちゅうクラウディアに情報をねだるのだ。
「あなたが今夢中になっているのは騎士物語なのでしょう。お茶会の話題にするには少し華やかさに欠けるから、お薦めの恋物語なんかあれば教えてちょうだい」
「……あら。お言葉ですが、お義母様」
まだ婚約段階ではあるものの、クラウディアは夫妻たっての希望もあって、アイゼル侯爵を義父、そしてエミリアを義母と呼んでいた。
「騎士物語にだって華やかさはあります。特に、今学院で大流行しているシリーズは凄いのですよ。魅力的な騎士様が次々と登場して、どのお方が一番素敵かと迷うほどなのです」
「まあ。そうなの?」
大好きな物語の話をするとき、クラウディアの口調は自然と熱を帯びる。
少し興味を持った様子のエミリアに、頬を上気させたクラウディアは大きくうなずいた。
「はい。わたくしのお友達の間でもそれぞれ『推し』が違いますので、お茶会ではいつも皆さん、ご自分の推しについて熱く語ってとても盛り上がるのです」
「……おし?」
「贔屓の登場人物、といった意味です」
エミリアは感心したように首肯した。
推し、推しねと何度もつぶやき、にっこりと笑う。
「クラウディアにも推しがいるのね?」
フォークを使うスタンリーの手がぴくりと跳ねた。
それを視界の端にちらりと映し、クラウディアは恥ずかしそうに目を伏せる。
「……ええ。その、一応……」
「まあまあ。クラウディアが好むのは一体どんな殿方なのかしら? 主役の騎士様なの?」
目を輝かせるエミリアに、クラウディアははにかんで小さく首を横に振った。
「その、主役どころか脇役とも言えないような……いわゆるモブ、かもしれないのですけれど」
「まあ!」
「あ、ですがとても素敵なのですよ。きっと今後発売される次巻以降では大活躍間違いなしなのです。わたくしはそう信じています」
ムキになって早口で言い募るクラウディアに、エミリアはこらえかねたように噴き出した。
同時に、ガタッと椅子を引く音がする。
食事を終えたスタンリーが、「お先に失礼」と冷たく吐き捨てて立ち上がったのだ。
「それで、どんな殿方なの?」
息子の様子にエミリアは少しも頓着していない。
背後を通り抜けるスタンリーを気にしながら、クラウディアはおろおろと頬を赤らめた。
「彼は……剣の腕は他の騎士たちに劣りますが、とても切れ者なのです。剣の技を磨くことばかりに執心する主人公たちに、知力を使った戦い方を教えてあげます。その、わたくし……」
ほう、とクラウディアが熱っぽく息を吐く。
「賢い殿方って、なんて素敵なのかしらと憧れるのです」