死の呼び声
第五話 大きな十字架を背負う老婆
(ミキの声だった! 理由は分からない。だが逃げろと言っていた)
タープは膝まで使っていた川の中央辺りから踵を返して川を出る。住人たちに触れないよう躱しながらゆっくりと歩を進め通過した。緊張した。たぶん触れたらタープを認識してイキナリ襲われるかもしれなかった。
川から離れ、住人たちから充分な距離を取ったところで一息つく。
(ふぅ~、何だか物凄く緊張したぞ。脱出できて良かった)
そして冒険者ギルドや指名冒険者宿泊施設へ向かって速歩にて目立たないよう道端を歩き始めた。
(ミキ、どうしてしまったんだ。それに人が変わったかのようなブラッコスさん、シローキさん。まるで何かに取り憑かれているかのようだったが……僕ではミキを助けるための能力が足りない。彼らには勝てない)
すると、大きな大人ほどもある十字架を背中に背負って、引きずりながら歩く老婆が道を横断しているのを見かけた。
(人だ……こんな異様な状況の中で)
もっとよく確認しようと近づき、タープは思わず声を掛けてしまう。
「おばあさん、どうかしましたか? こんな時間に」
老婆は急に声を掛けられてビクっとしたが、タープの方へ目をやりじっと見つめた。悪意はないタープの雰囲気にホッとしたのか、返事をする。
『ああ、坊や。外の人間世界から来た人かい?』
「い、いえ。十字架が重そうだったのでお手伝いでもしようかと」
(外の人間世界から来た? どういう意味だろう)
『私は墓守のおばばじゃよ。希望半ばに死んでしまった冒険者の魂を慰めておるのじゃ。でも早く行きなさい。ここは危険じゃ』
「何かお手伝いしましょ言うか?」
タープはもう一度聞いてみた。
『大丈夫じゃよ、ありがとう、坊や』
坊や呼ばわりで怒るタープではないが、危険を連呼する老婆であり、他の住人達と違って夢遊病になってもいないので、警戒心が遅ればせながら心を支配する。
「……」
『いいね、今夜は壁の外に。朝になれば分かる。今は行きなさい』
そう言い残すと、大きな十字架を背負った老婆は歩き始めた。
タープは唖然・呆然として見送らざるを得なかった。
◇
冒険者ギルドには人がいなかった。
二十四時間営業の最終防衛組織であるギルドが空き家になっている状態など初めて見た。
そして指名依頼冒険者専用宿泊施設にも誰もいなかった。
ここしか頼れる場所が思いつかなかった。
勝手ながらフロント内にある宿泊者名簿を広げてみてみると、勇者パーティは既にチェックアウトをして、この田舎街を出てしまっていた。
タープは考える。どこで身を隠して安全に過ごすか。
少し考えたいこともある。ミキのことだ。
(おばあさんが言っていた助言が妙に納得できる。町から一旦出て、キャンプをしよう)
急いで自分の宿泊宿へ行き、二階の部屋から冒険者道具一式が入ったマジックバックを持ち、宿を出た。正門へ向かって速歩で道端を急ぐ。
正門には門兵・守衛はいなかった。やはり町には誰もいないようだ。
あのやぐらの広場に集まっているのだろう。
街路を体力付与の強化をかけて駆け足で進んで、途中にある馬車専用の給水・休憩エリアへ行ってキャンプをしようと考えた。
(なるべく離れる為、急ごう。今後どうするか、対策を練る必要もある。ミキも救いたい。誰か仲間に出来る冒険者がキャンプを張っていたら助力を願ってみよう)
どうして、こんなことになっているのか。タープには分からなかった。
ただ強い魔物に村レベルの田舎の町が襲われているとしか考えられなかった。情けなくなる自分を直視し、現実を分析して無謀なことをせずに着実に成果を上げるのが冒険者のたしなみ。可能であれば大きな街に現状を伝え、大勢の冒険者で問題を解決したい。
隣の大きな町と言えば……要塞都市エルソンか。
(ミキ……待ってろ)
◇
深夜の真っ暗の中、草原の広がる馬車休憩所についた。
薬草と野草の匂いが混じった草原。気分が幾分か和らいだ。
馬車休憩所には誰もいなかった。
タープはマジックバックからテントと小さなテーブルを出し、座れる岩の周辺に展開した。常備の薬草と香草のお茶が入っている水筒を持ち出し、ふぅ~と溜息を吐いてキャップをコップ代わりにしてお茶を飲んだ。軽いポーションの作用があるため体力が戻って気分も随分と良くなった。
そこで初めて空を見上げた。
空気が澄んで星が瞬いでいる。月は隠れてしまっており、明かりは乏しいが目が慣れている為ゆっくり周辺を見渡せる。まだ魔獣は近くにいないようだ。
「よいしょ」
久しぶりに腰を下ろす。念のために愛剣を傍らに置き、胸や肩や膝の防具類を戦闘態勢時のようにセットした。
(あの墓守という老婆は朝になれば安全だと言っていた。明るくなったら町にいったん戻ってミキたちに会ってみよう。テレパシーのような心に直接伝わったミキからのメッセージの意味も聞いておきたい。テレパシーのようなスキルなんて持っていなかったし、いつの間に修得したんだ?)
あの住民たちが夢遊病者のように集ったやぐらの異様な光景、そんな中でミキがスキャットで声を響かせ、住民を誘導していた。そんな感じがした。
元凶の親玉はミキなのか?
(だけど、ミキは味方にみえた)
「僕に逃げろと言っていたよな……」
明るくなったら本当に安全になるのか? タープは当然の疑問に自問自答していた。
タープまでやられてしまったら、誰がこの事実を他の町に伝えるのか。
次は僕も正気が保っていられないかも。思考は逡巡していた。
遠く町の方角から、風に乗ってかすかな歌声が聞こえた気がした。
(もう一度だけ、住人のみんなの様子を確認したい。出来ればミキと一緒に逃げたい)
タープの行動を決める思考の決定打は、愛しのミキの存在だった。
明るくなったら一度冒険者ギルドに戻ってみようと思った。
その夜、タープは剣を抱いたまま、一睡もできなかった。
タープは膝まで使っていた川の中央辺りから踵を返して川を出る。住人たちに触れないよう躱しながらゆっくりと歩を進め通過した。緊張した。たぶん触れたらタープを認識してイキナリ襲われるかもしれなかった。
川から離れ、住人たちから充分な距離を取ったところで一息つく。
(ふぅ~、何だか物凄く緊張したぞ。脱出できて良かった)
そして冒険者ギルドや指名冒険者宿泊施設へ向かって速歩にて目立たないよう道端を歩き始めた。
(ミキ、どうしてしまったんだ。それに人が変わったかのようなブラッコスさん、シローキさん。まるで何かに取り憑かれているかのようだったが……僕ではミキを助けるための能力が足りない。彼らには勝てない)
すると、大きな大人ほどもある十字架を背中に背負って、引きずりながら歩く老婆が道を横断しているのを見かけた。
(人だ……こんな異様な状況の中で)
もっとよく確認しようと近づき、タープは思わず声を掛けてしまう。
「おばあさん、どうかしましたか? こんな時間に」
老婆は急に声を掛けられてビクっとしたが、タープの方へ目をやりじっと見つめた。悪意はないタープの雰囲気にホッとしたのか、返事をする。
『ああ、坊や。外の人間世界から来た人かい?』
「い、いえ。十字架が重そうだったのでお手伝いでもしようかと」
(外の人間世界から来た? どういう意味だろう)
『私は墓守のおばばじゃよ。希望半ばに死んでしまった冒険者の魂を慰めておるのじゃ。でも早く行きなさい。ここは危険じゃ』
「何かお手伝いしましょ言うか?」
タープはもう一度聞いてみた。
『大丈夫じゃよ、ありがとう、坊や』
坊や呼ばわりで怒るタープではないが、危険を連呼する老婆であり、他の住人達と違って夢遊病になってもいないので、警戒心が遅ればせながら心を支配する。
「……」
『いいね、今夜は壁の外に。朝になれば分かる。今は行きなさい』
そう言い残すと、大きな十字架を背負った老婆は歩き始めた。
タープは唖然・呆然として見送らざるを得なかった。
◇
冒険者ギルドには人がいなかった。
二十四時間営業の最終防衛組織であるギルドが空き家になっている状態など初めて見た。
そして指名依頼冒険者専用宿泊施設にも誰もいなかった。
ここしか頼れる場所が思いつかなかった。
勝手ながらフロント内にある宿泊者名簿を広げてみてみると、勇者パーティは既にチェックアウトをして、この田舎街を出てしまっていた。
タープは考える。どこで身を隠して安全に過ごすか。
少し考えたいこともある。ミキのことだ。
(おばあさんが言っていた助言が妙に納得できる。町から一旦出て、キャンプをしよう)
急いで自分の宿泊宿へ行き、二階の部屋から冒険者道具一式が入ったマジックバックを持ち、宿を出た。正門へ向かって速歩で道端を急ぐ。
正門には門兵・守衛はいなかった。やはり町には誰もいないようだ。
あのやぐらの広場に集まっているのだろう。
街路を体力付与の強化をかけて駆け足で進んで、途中にある馬車専用の給水・休憩エリアへ行ってキャンプをしようと考えた。
(なるべく離れる為、急ごう。今後どうするか、対策を練る必要もある。ミキも救いたい。誰か仲間に出来る冒険者がキャンプを張っていたら助力を願ってみよう)
どうして、こんなことになっているのか。タープには分からなかった。
ただ強い魔物に村レベルの田舎の町が襲われているとしか考えられなかった。情けなくなる自分を直視し、現実を分析して無謀なことをせずに着実に成果を上げるのが冒険者のたしなみ。可能であれば大きな街に現状を伝え、大勢の冒険者で問題を解決したい。
隣の大きな町と言えば……要塞都市エルソンか。
(ミキ……待ってろ)
◇
深夜の真っ暗の中、草原の広がる馬車休憩所についた。
薬草と野草の匂いが混じった草原。気分が幾分か和らいだ。
馬車休憩所には誰もいなかった。
タープはマジックバックからテントと小さなテーブルを出し、座れる岩の周辺に展開した。常備の薬草と香草のお茶が入っている水筒を持ち出し、ふぅ~と溜息を吐いてキャップをコップ代わりにしてお茶を飲んだ。軽いポーションの作用があるため体力が戻って気分も随分と良くなった。
そこで初めて空を見上げた。
空気が澄んで星が瞬いでいる。月は隠れてしまっており、明かりは乏しいが目が慣れている為ゆっくり周辺を見渡せる。まだ魔獣は近くにいないようだ。
「よいしょ」
久しぶりに腰を下ろす。念のために愛剣を傍らに置き、胸や肩や膝の防具類を戦闘態勢時のようにセットした。
(あの墓守という老婆は朝になれば安全だと言っていた。明るくなったら町にいったん戻ってミキたちに会ってみよう。テレパシーのような心に直接伝わったミキからのメッセージの意味も聞いておきたい。テレパシーのようなスキルなんて持っていなかったし、いつの間に修得したんだ?)
あの住民たちが夢遊病者のように集ったやぐらの異様な光景、そんな中でミキがスキャットで声を響かせ、住民を誘導していた。そんな感じがした。
元凶の親玉はミキなのか?
(だけど、ミキは味方にみえた)
「僕に逃げろと言っていたよな……」
明るくなったら本当に安全になるのか? タープは当然の疑問に自問自答していた。
タープまでやられてしまったら、誰がこの事実を他の町に伝えるのか。
次は僕も正気が保っていられないかも。思考は逡巡していた。
遠く町の方角から、風に乗ってかすかな歌声が聞こえた気がした。
(もう一度だけ、住人のみんなの様子を確認したい。出来ればミキと一緒に逃げたい)
タープの行動を決める思考の決定打は、愛しのミキの存在だった。
明るくなったら一度冒険者ギルドに戻ってみようと思った。
その夜、タープは剣を抱いたまま、一睡もできなかった。