自惚れ、アディクト

きみの運命になりたい

あの打ち合わせ以来、美園さんと会うこともなく日常が過ぎていった。季節は暦の上では秋を迎えたというのに、未だにクソ暑い。九月も半袖が必須だ。


「神崎さん、内線に星凪出版の美園さんです」

久しぶりに聞く名前に反応して、電話を取った事務員へ顔ごと向けた。
事務員が驚きのあまり瞳を丸め「ど、どうしたんです…?美園さんの用件、聞きましょうか?(めっちゃ真顔なんだが)」と、挙動不審になる。俺は「え、なんで。フツーに代わるわ」と、取り次いだ。

電話なんて珍しい。基本、彼女とはメールのやり取りなのに。


「神崎です」

「……っ!!お世話になります、美園です。お忙しいところすみません」

ハリのある硬い声が鼓膜に触れた。強張っているのが読み取れる。

先月、会ったその日に飲んだ仲(いとが一緒だったが)なのに、なにを緊張してんだか。不思議でしゃーない。

美園さんは、懇切丁寧に新規の案件を俺へ依頼する。説明も抜かりなかった。

「——…と、言うお願いなのですが(わ、ぁ。日本語がだんだん可笑しくなってきた…)」

「…………」

「お引き受け頂きたいのです、けれど」


よっぽどの、酷なスケジュールじゃない限り断らねぇよ。

頭の隅で思う。美園さんに敢えて伝えないのは、電話の向こうで片言な彼女が面白いから。
つい、意地悪心が働いてしまった。

「ご検討は……」
「いいよ」

一言返事だった。

「ほんとうですか?ありがとうございます」

さっきとは変わって、一段と声が弾んでいる。
「アッ。…ごめんなさい、騒いじゃって」受話器から離された綿菓子みたいな声が、誰かに対して謝っているのが、微かに聞こえた。

「…で、打ち合わせいつにしますか」

俺から尋ねると、候補日がいくつか挙げられた。
早速、明日の午前中に予定を入れた。


「よろしくお願いします。神崎さんと仕事するの、安心します。ふふ」

胸に甘ったるいものが溜まる。

「(頼られるのも悪くないな)」
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