花囲い
朝、昇降口で靴を履き替えていると、横から声をかけられる。
「おはよう」
「おはよう。井𡈽くん」
「今日も早いね」
「うん」
短く返すと、それ以上は続かない会話。それなのに井𡈽くんは気まずそうな顔ひとつせず、私の隣を歩き始める。
教室までの廊下が異様に長く感じる。沈黙が嫌いな人ならなにか話すのだろうけれど、私は無理に話題を探すのが苦手だ。
井𡈽くんは黙ってただ隣を歩く。一定の歩幅、一定の距離で。まるで、それが当然みたいに。
教室へ入ると、数人の女子がこちらを見て笑った。
「また一緒じゃん」
「ほんと仲いいよね」
私は一瞬否定しようとしてやめた。否定すると余計に面白がられると分かっているからだ。
「付き合ってるの?」
「違う違う」
笑いながら返すと、隣で井𡈽くんもくすくす笑っていた。
「やめろよー」
そうやって否定はする。どこか曖昧に。井𡈽くんはいつもそうなのだ。否定が否定を帯びていない。
そのとき、またゾワリとしたものが私の背中を這った。