音のない世界

朝六時。

目覚ましより先に目が覚める。

顔を洗い、道場へ向かう。

木刀。

素手。

組の若い衆が相手になる。

「お願いします!」

毎朝同じ声が飛ぶ。

「来い。」

俺がそう言うと、十人近い組員が一斉に向かってくる。

十分後。

全員が畳に倒れていた。

「ありがとうございました!」

頭を下げる組員達を横目に、汗を拭きながら家へ戻る。

リビングへ入ると、もう朝食が並んでいた。

「龍、おはよう。」

母が笑う。

相川組の姐。

組の誰よりも強い女だ。

親父ですら頭が上がらない。

「おはよう。」

席に座ると親父も新聞を畳む。

相川組組長。

俺の親父。



「学校はどうだ。」

「普通。」

「友達は?」

「壱成達。」

「女は?」

「興味ない。」

母が小さく笑う。

「昔から変わらへんな。」

組員が作った朝食を食べ終える。

「行ってくる。」

「行ってらっしゃい。」

家を出ると、門の前にはもう三人が待っていた。

「おはよー、龍。」

壱成。

情報収集なら右に出る者はいない。

「今日も朝から稽古?」

陽介。

喧嘩なら誰にも負けない。

「腹減った。」

日向。

自由人で、空気を読むより自分のペース。

三人とも幼い頃から一緒だった。

学校へ向かう途中。

女子生徒が騒ぎ始める。

「龍くんだ。」

「やっぱりかっこいい。」

「壱成くんもいる。」

黄色い声が飛ぶ。

俺は気にも留めず歩く。

一人の女子が目の前へ出てきた。

「龍くん!」

香水の匂い。

その瞬間、足が止まる。

「付き合ってください!」

紙を差し出される。

俺は一度だけ女子を見る。

「悪い。」

それだけ言って横を通り過ぎる。

後ろで泣き声が聞こえた。

「龍、もう少し優しく断れよ。」

陽介が苦笑する。

「期待させる方が残酷だ。」

それ以上、話は終わりだった。

学校が終われば組へ戻る。

玄関を開けると、組員達が一斉に立ち上がる。

「若頭、お帰りなさい!」

軽く手を上げる。

親父の部屋へ入る。

「龍。」

「何。」

机の上には分厚い資料。

今日あった揉め事。

シマの報告。

金の流れ。

一つずつ目を通す。

高校一年。

昼は普通の高校生。

夜は相川組の若頭。

それが俺の日常だった。

だけど最近、一つだけ変わったことがある。

学校へ行く理由。

授業じゃない。

友達でもない。

あいつがいるからだ。

誰とも笑わない。

誰とも話さない。

耳栓をして、一人で眠る女。

――優花。

気付けば俺は、明日も学校へ行こうと思っていた。
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