卒業まで、好きでした。

卒業まで、好きでした

三月。

校庭の桜は、少しずつ花を咲かせ始めていた。

あの日、土曜講座で出会った先輩も、もうすぐ卒業する。

そう思うだけで、胸が苦しくなった。

卒業式の前、三年生の最後の登校日。

私は朝から落ち着かなかった。

前の晩、何度も書き直した一通の手紙。

何を書けばいいのか分からなくて、便箋を何枚も無駄にした。

それでも、どうしても伝えたい言葉だけは決まっていた。

「卒業まで、好きでした。」

その一文だけは、最初から変わらなかった。

昼休みになっても、先輩に会う勇気が出ない。

「もう帰ったかな……。」

そんな不安を抱えながら、私は福祉科の職員室へ向かった。

「先生。」

学科長が顔を上げる。

「敷戸先輩、まだ学校にいますか?」

先生は少し考えてから答えた。

「午前中までだったけど……まだいるんじゃないかな。一度教室を見てごらん。」

「ありがとうございます。」

私は急いで階段を上がった。

でも、三年生の教室の前まで来ると、足が止まる。

自分では呼びに行く勇気が出なかった。

そのとき、一緒に来てくれた聴覚障害のある友達が私の顔を見た。

「呼んでこようか?」

私は小さくうなずいた。

友達は笑顔で教室へ向かってくれた。

しばらくすると、教室の扉が開く。

敷戸先輩がゆっくりと歩いてきた。

「滝尾さん。」

その声を聞いただけで、涙が出そうになる。

「先輩……。」

私は両手で大切に持っていた封筒を差し出した。

「手紙を書きました。」

先輩は静かに受け取ってくれた。

「ありがとう。」

私は深呼吸をする。

これが、本当に最後。

だから、ちゃんと自分の言葉で伝えたかった。

「先輩。」

「うん。」

「卒業まで、好きでした。」

先輩は何も言わず、私の話を聞いてくれた。

「今日で、先輩への『好き』を卒業します。」

言葉にした瞬間、不思議と心が少し軽くなった。

「たくさん迷惑をかけてしまって、すみませんでした。」

先輩はゆっくりと首を横に振った。

私は最後に笑顔を作る。

「今まで、本当にありがとうございました。」

少しだけ間を置いて、もう一度言った。

「先輩、好きでした。」

その言葉には、もう「伝わってほしい」という願いはなかった。

ただ、二年間の感謝を込めた最後の「好き」だった。

先輩は優しく微笑んだ。

「ありがとう。」

短いその一言が、私には十分だった。

私は小さく頭を下げる。

「失礼します。」

そう言って背を向けた。

振り返らなかった。

振り返ったら、きっと泣いてしまうから。

校舎を出ると、春風が優しく吹いていた。

桜の花びらが一枚、ふわりと舞い落ちる。

先輩と出会ったのも、この桜ヶ丘高校。

そして、先輩は桜を見ながら卒業していく。

私は空を見上げ、小さく微笑んだ。

「卒業、おめでとうございます。」

その言葉は風に乗り、春の空へと静かに溶けていった。
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