きらめきステージは、放課後の屋上で

第四話 昼休み、きら☆あまの収録を見る

 次の月曜日の昼休み、こころちゃんがわたしの机までやってきた。
「みらいちゃん、今日のきら☆あま、見に行かない?」
「えっ」
「今日、ルナの収録あるんだよ。放送室の隣の多目的室でやるの。見学していい日だから」
 きら☆あまの収録。ルナちゃんが、いつもどんな場所で踊っているのか。気にならないわけではなかった。
「でも、わたしが行ってもいいの?」
「いいに決まってるじゃん。見学する人がいた方が、ルナも気合い入るし」
 こころちゃんはもう行くつもりで、わたしの机の横に立っていた。
 断る理由を考えているうちに、昼休みの残り時間はどんどん少なくなっていく。
「……行く」
「よし、決まり!」
 こころちゃんに引っぱられるようにして、教室を出た。
   ☆
 多目的室は、いつも使っている教室より少し狭かった。
 前の方にカメラが一台置かれていて、その横に小さな照明が二つ並んでいる。窓には暗い色のカーテンが引かれ、黒板の前には、星の絵が描かれた布が下がっていて、そこだけ小さなステージみたいに見えた。
 屋上のステージとは、ぜんぜん違う。屋上は広くて、空があって、風が吹いている。
 ここには空も風もない。そのかわり、カメラの赤いランプと、明るい照明があった。

 多目的室には、ルナちゃんのほかにも何人かの生徒がいた。
 同じ「きら☆あま」に出ている子たちらしい。髪に星形のピンをつけた子、明るい声で台本を読んでいる子、カメラの前で何度も笑顔の確認をしている子。
 みんな、慣れているように見えた。
「ルナ、準備できた?」
「はい、大丈夫です」
 奥からルナちゃんが出てきた。
 制服の上に、白い短い上着を重ねていた。胸元には、月形ブローチがついている。髪もいつもよりきれいにまとめられていて、教室にいるときより少し大人っぽく見えた。
 ルナちゃんはいつもの明るい顔で笑っていた。けれど、ほかの子の動きをちらりと見るたびに、少しだけ表情が固くなる気がした。
「今日、マリ先輩の動き、すごくきれいでしたね」
 収録の合間に、ルナちゃんがぽつりと言った。
「ルナちゃんも、頑張って」
「うん……あのくらいできないと、見てる人にすぐ分かるから」
 ルナちゃんは笑っていた。でも、その笑顔は、教室で見るものより少しだけ固かった。

「ルナさん、あと五分です!」
 放送委員の先輩が声を上げた。
 部屋のすみでは、別の委員が時計を見ながら、何かを紙に書きこんでいる。
 昼休みの終わりまでに、出演するみんなの収録を終えないといけないらしい。
「ルナ、準備できた?」
「はい、大丈夫です」
 奥からルナちゃんが出てきた。
 制服の上に、白い短い上着を重ねていた。胸元には、月形ブローチがついている。髪もいつもよりきれいにまとめられていて、教室にいるときより少し大人っぽく見えた。
 わたしと目が合うと、ルナちゃんは驚いた顔をした。
「みらい?」
「こころちゃんに誘われて」
「そっか」
 ルナちゃんは笑った。
「じゃあ、ちゃんとやらないとね」
 明るい声だった。
 でも、その言葉が、少しだけ胸に引っかかった。
 わたしが見ているから、ちゃんとやらないといけない。
 そういう意味に聞こえたからだ。
   ☆
「本番、五秒前!」
 部屋の中が静かになった。
 音楽が流れ始める。ルナちゃんは、さっきまで話していたときとは別の笑顔になった。
 明るくて、かわいくて、画面の向こうにいる人へまっすぐ届く笑顔。
 腕を上げて、足を踏み出して、曲に合わせてくるりと回る。
 屋上で見たときと同じように、体が音楽の一部になっているみたいだった。
 でも、屋上のときとは少し違う。
 屋上では、ルナちゃんの動きがどこまで広がっていくのか分からなかった。
 ここでは、カメラの四角い画面の中に、全部きれいに収まっている。
 顔を向ける場所も、手を伸ばす方向も、ちゃんと決まっているみたいだった。
 曲の最後で、ルナちゃんが大きく回った。
そのとき、胸元の月形ブローチが少しだけ傾いた。
 曲が終わった。
「はい、止めます!」
 ルナちゃんはすぐに笑顔を消して、カメラの方を見た。
「どうでした?」
 放送委員の先輩が、撮った映像を確認する。
「全体はいいと思う。でも最後のターン、少しだけ早かったかも」
「もう一回やります」
 ルナちゃんは迷わず言った。
「大丈夫? あと十分くらいしかないけど」
「大丈夫です。次で合わせます」
 その声は明るかった。
 でも、ルナちゃんの手が、制服のスカートをぎゅっとつかんだのが見えた。
 もう一度、最初の位置に立つ。
「五秒前!」
 音楽が始まった。今度のルナちゃんは、一回目よりも正確だった。
 足の位置も、腕の高さも、回る速さも、全部そろっている。
 なのに、わたしには、一回目より少しだけ笑顔が固く見えた。
 曲の最後。ルナちゃんはきれいに回った。
 でも、その直後、月形ブローチが外れかけた。
「あっ」
曲が止まる前に、ルナちゃんがブローチを押さえた。
「ごめんなさい。もう一回お願いします」
「次が最後ね。予鈴まであと五分」
「はい」
 ルナちゃんはうなずいた。
 大丈夫、大丈夫。
 そう小さく言ったのが聞こえた。
 屋上できゅるるが言っていた。
 ルナちゃんには、ルナちゃんの怖いことがある。
 その言葉を思い出した。
   ☆
「ちょっと待って」
 気がついたら、声を出していた。
 部屋にいた人たちが、わたしを見た。
 急に恥ずかしくなった。でも、もう引っこめられなかった。
「そのブローチ、留める場所を少し変えた方がいいと思う」
 ルナちゃんが胸元を見た。
「ここじゃだめ?」
「今の場所だと、回ったときに上着が引っぱられるから」
 わたしはルナちゃんに近づいた。
「もう少し内側につけて、下を安全ピンでも留めたら、動かないと思う」
 放送委員の先輩がブローチを確認した。
「ほんとだ。ピン、もう一本あるよ」
 ルナちゃんは少し驚いた顔で、わたしを見た。
「みらい、分かるの?」
「衣装を描くとき、飾りがどこにあったら動きやすいか、考えるから」
「そっか」
 ルナちゃんが、ふっと笑った。
 さっきまでの画面に向けた笑顔ではなかった。
 教室や屋上で見る、いつもの笑顔だった。
「ありがとう」
 ブローチを留め直して、三回目の収録が始まった。
   ☆
 今度は、ブローチは動かなかった。
 ルナちゃんも最後まで止まらなかった。
 曲が終わると、放送委員の先輩が大きくうなずいた。
「今の、よかった。これでいこう」
「ありがとうございます!」
 ルナちゃんは頭を下げた。
 その直後、予鈴が鳴った。
「急いで片づけよう!」
 部屋の中が一気に慌ただしくなった。
 照明が消され、カメラが片づけられ、背景の布がたたまれていく。
 さっきまでステージみたいだった場所が、あっという間に普通の多目的室へ戻っていった。
「昼休みって、忙しいんだね」
 わたしが言うと、こころちゃんが笑った。
「いつもこんな感じ。時間との勝負!」
 ルナちゃんが髪を直しながら、わたしたちのところへ来た。
「みらい、さっきほんとに助かった」
「ううん。少し気になっただけだから」
「でも、あのままだったら、たぶんもう一回やり直してた」
 ルナちゃんは、外した月形ブローチを手のひらに乗せた。
「きら☆あまって、楽しい?」
 聞いてから、変な質問だったかもしれないと思った。
「楽しいよ」 
 ルナちゃんは、迷わず答えた。
「見てくれる人がいて、コメントももらえて。ちゃんと届いたって分かるから」
「でも、大変そうだった」
「それも本当」
 ルナちゃんは笑った。
「見せる場所だからね。時間も決まってるし、なるべく失敗しないようにしないと」
「屋上では?」
 わたしが聞くと、ルナちゃんは少し驚いた顔をした。
「屋上?」
「屋上のステージは、きら☆あまと違うのかなって」
 ルナちゃんはしばらく黙っていた。
 廊下の向こうから、教室へ戻る生徒たちの足音が聞こえる。
「きら☆あまは、ちゃんと見せる場所なのかも。屋上は、まだ分かんない」
 そう言ってから、ルナちゃんは少しだけ笑った。
「でも、屋上では、うまくできなくても、もう一回やってみようって思える」
ルナちゃんも、屋上では少しだけ肩の力を抜けるのかもしれない。

 本鈴が鳴った。
「やばい、戻ろ!」
 こころちゃんが走り出した。
 わたしとルナちゃんも、そのあとを追った。
 教室へ戻りながら、わたしはさっきの二つのステージを思い浮かべていた。
 カメラの前で、きれいに整えられたきら☆あま。
 風の中で、まだ何になるか分からない屋上のステージ。
 どちらも、ルナちゃんが立つ場所だった。
 でも、同じルナちゃんが立っているのに、見えるものは少し違っていた。
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