きらめきステージは、放課後の屋上で

第六話 ふたりで立つって、むずかしい

「みらい」
「……うん」
「わたしと、ペアステージやろう」
 怖いはずなのに、断りたいとは思わなかった。ルナちゃんの声が、まっすぐだったから。
「……うん」
 自分でも驚くくらい、すんなり出た言葉だった。
それから、わたしとルナちゃんは屋上で衣装の相談をした。
 きゅるるは手すりの上に座って、審判みたいな顔で二人を見ていた。
「テーマを決めるきゅる。ペアステージのテーマ」
「テーマ?」
「ふたりが一緒に立つ意味が分かるもの、がいいきゅる。バラバラに見えたら、ペアにする意味がないきゅる」
 ルナちゃんが考えるように天を仰いだ。
「みらいの衣装って、星モチーフだよね。じゃあわたしは月かな。星と月、セットで夜空になれるし」
「それ、いい」
 わたしはすぐそう思った。星と月。みらいとルナ。二人で夜空になる。
「衣装、みらいに任せていい? わたし、デザインのことは全然分からないから」
「うん、描いてみる」
「振り付けはわたしが考える。二人分、一緒に動けるやつ」
 役割分担が決まった。

 問題が出てきたのは、その翌日だった。 
 わたしは、昨日の夜に描いたペア衣装のデザインを持ってきた。
 星モチーフのワンピースは今までと似ているけれど、色を少し明るくした。夜空の深い紺じゃなくて、夜明け前の空みたいな、やや明るい青。ルナちゃんの衣装は月光をイメージした白と銀で、動くたびに揺れる長めのスカート。
 自分ではうまくできたと思っていた。
 でも、ルナちゃんはスケッチを見て、少し首を傾けた。
「みらいの衣装、もう少し目立つやつにした方がよくない?」
「え?」
「なんか、地味じゃないかな。わたしの衣装の方が派手だから、バランス悪くなるかも」
 わたしはスケッチを見直した。
 地味、か。
 確かに、ルナちゃんの月の衣装は白と銀でよく映える。対してわたしの星の衣装は、落ち着いた青を基調にした控えめなデザインだった。
「わたしはこっちの方がいいと思って」
「でも見てる方からしたら、みらいが霞んじゃうよ」
「……霞んでもいい」
「よくないよ。ペアなんだから、ちゃんと二人が見えないと」
 ルナちゃんの言うことは正しかった。正しいのは分かっていた。
 でも、わたしには理由があった。
 この衣装のこの青は、ひなのちゃんの「見ていると少し元気になる」という言葉を思いながら選んだ色だった。ぱっと目を引くより、そっと寄り添う色。主張しすぎない星。でも、ちゃんとそこにある星。
 うまく説明できなくて、わたしは黙った。
「みらい?」
「……考える」
 ルナちゃんは少し不思議そうな顔をしたけれど、それ以上は言わなかった。
 次は振り付けの番だった。
   ☆
 ルナちゃんが考えてきた振り付けは、二人が対称に動くところから始まった。
 右と左、鏡合わせみたいに。出だしのポーズから、三歩進んで、くるりと回って、向き合う。
「こっちが星で、こっちが月ね。最初は離れてて、だんだん近づいていく感じにしたい」
「きれいだね」
「でしょ。で、サビのところで二人の手がつながるの。そこが一番見せ場」
 わたしは振り付けのイメージを頭の中で描いた。確かに、絵になる。
「やってみよう」
 音楽をかけて、二人で動き始めた。
最初の三歩は合った。でも、向き合ったあとの動きで、わたしは一拍遅れた。
「みらい、右から。手の高さも、こっちに合わせて」
「ごめん」
「謝らなくていいよ。もう一回」
繰り返すほど、わたしはルナちゃんに合わせることばかり考えていた。
ルナちゃんの動きが基準になっていて、わたしはそれに合わせようとすればするほど、ぎこちなくなる。
 五回目が終わったとき、ルナちゃんが言った。
「ねえ、みらいってもう少し自分出してもいいと思う。こっちに合わせようとしすぎてる」
「でも、ペアだから合わせないといけないんじゃ」
「合わせるのと、消えるのは違うよ」
 その言葉は、さっきの衣装の話と重なった。
 ルナちゃんはわたしに、もっと出てきてほしいんだ。目立ってほしいんだ。でも、わたしにはわたしの「出し方」があって、それはルナちゃんが思う「出し方」とは違うのかもしれない。
「ルナちゃんはいいよ」
 気がついたら、言っていた。
 ルナちゃんが動きを止めた。
「何でもできるから」
 声が、少し震えていたかもしれない。でも、止まらなかった。
「ダンスもできて、ステージにも慣れてて、どんな振り付けもすぐ体に入って。わたしはそうじゃないから、ルナちゃんの基準に合わせようとしたら、どこかで絶対おかしくなる」
 ルナちゃんは黙っていた。
 わたしは続けた。
「衣装だって、ルナちゃんはもっと派手にって言うけど、わたしにはこの青を選んだ理由がある。それを変えたら、わたしじゃなくなる気がする」
 言い終わって、少し後悔した。
 言いすぎたかな。ルナちゃんは悪くないのに。
 でもルナちゃんは、意外な顔をしていた。怒った顔じゃなかった。何かを考えているような、複雑な顔だった。
「みらいこそいいじゃん」
 そう言ったとき、ルナちゃんの声が、いつもより少しだけ低かった。
「好きなものを好きって言えるでしょ」
「え?」
「自分の選んだ色に理由があって、それを変えたくないって言える。わたしにはそれができない」
 わたしは言葉を失った。
「ルナちゃんが?」
「わたし、ダンスの振り付けだって、本当は違う形でやりたいやつがあっても、受けがいい方を選ぶから。見てる人に評価されたくて、完ぺきにしようとして、でも本当にやりたいことは後回しにして」
 ルナちゃんは視線を落として、自分の手のひらを見た。
「自分の好きを、ちゃんと好きって言えるみらいが、うらやましい」
 わたしは頭の中が、一瞬真っ白になった。
 ルナちゃんが、わたしをうらやましいと思っている。
 あのまぶしいルナちゃんが。
 でも、そこまで考えたとき、わたしの中で何かがぐるりとひっくり返りそうになった。ルナちゃんの言葉の意味を全部受け取るには、まだ心の準備が足りなかった。
「わたしは……ルナちゃんみたいに、自信を持って立てる方がうらやましい」
「自信なんてないよ」
「でも、そう見える」
「見えるだけ」
 ルナちゃんとわたしは、ステージの上で向き合っていた。
 さっきまで振り付けの練習をしていた同じ場所で、ぜんぜん違う話をしていた。
 どちらも本当のことを言っていた。どちらも、相手のことをうらやましいと思っていた。なのに、仲直りできなかった。
 なぜかは分からない。ただ、言葉がうまくつながらなかった。
 言えたことと、言えなかったことが、ぐちゃぐちゃになっていた。
 わたしは「ごめん、今日はもう帰る」と言って、ドレスを脱いだ。ドレスが空気に溶けて消えるのを見ながら、鞄を持った。
 ルナちゃんは呼び止めなかった。
 屋上から出るとき、きゅるるが入り口の柱のそばから見ていた。何も言わなかった。ただ、少し心配そうな目でわたしを見ていた。
 階段を下りながら、目の奥がじんとした。
 泣きたいというより、悔しかった。
 なんで、うまく話せないんだろう。
 言いたいことはあった。伝えたいこともあった。でも、言葉にするとどこかがずれて、相手に届かなくて、気がついたら逃げるように帰っている。
 廊下の窓から、夕暮れの校庭が見えた。グラウンドで部活をしている子たちの声が、遠く聞こえた。
 みんな、普通に動いている。
 わたしだけが、何かをうまくできない気がした。
   ☆
 その夜、スケッチブックを開いた。
 ペアの衣装の絵を、もう一度見た。
 わたしの星の青と、ルナちゃんの月の白と銀。
 変えたくない、と思った。この色じゃないといけない、という気持ちがある。でも、ルナちゃんの言っていることも分かる。
 ペンを持って、新しいページに描き始めた。
 今度は、二人が手をつないでいる絵だった。星と月が、リボンでつながっている。
 描きながら、さっきのルナちゃんの横顔を思い出した。視線を落として、自分の手を見ていたルナちゃん。「見えるだけ」と言ったときの、低い声。
 わたしは、ルナちゃんのことを何も知らなかったのかもしれない。
 でも今日は、それを確かめに戻れなかった。

 翌朝、教室に着いても、わたしはスケッチブックを鞄から出せなかった。
 屋上のステージが、頭の中にあった。
 星の飾り。きゅるるのしっぽの先。ライトのあたたかさ。
 そして、昨日描いた、星と月をつなぐリボン。
 教室の窓の外には、朝の青空が広がっていた。雲が一つ、ゆっくりと流れていく。
 わたしはようやくスケッチブックを鞄から出した。でも、開けないまま机の上に置いた。
 昨日ルナちゃんに見せた、星と月の衣装が中にある。
 描き直した方がいいのかもしれない。
 でも、あの青を別の色に変えることを考えると、胸の奥が苦しくなった。
「みらいちゃん」
 ひなのちゃんが、閉じたスケッチブックを見ていた。
「今日は描かないの?」
「……ちょっと、うまくいかなくて」
 それだけ言うと、ひなのちゃんは何も聞かなかった。
 しばらくしてから、わたしは自分でスケッチブックを開いた。
「この衣装、どう思う?」
 昨日描いたページを見せる。
 ひなのちゃんは、星の衣装をじっと見つめた。
「きれい」
「でも、地味じゃない?」
「地味?」
 ひなのちゃんは不思議そうに首を傾けた。
「目立たないっていうか。ステージだと、ルナちゃんの衣装に負けるかもしれないって」
 ひなのちゃんは、もう一度絵を見た。
「わたしは、この青が好き」
「どうして?」
「見てると、落ち着くから」
 ひなのちゃんは、星の飾りを指先でそっとなぞった。
「ルナちゃんの白と銀は、見た瞬間にきれいって思う色。この青は、あとから何度も思い出す色だと思う」
 あとから何度も思い出す色。
 わたしは、その言葉を頭の中で繰り返した。
「目立たないんじゃなくて、そばにいてくれる色なんじゃないかな」
 ひなのちゃんはそう言ってから、少し恥ずかしそうに本へ目を戻した。
 わたしはスケッチブックを見た。
 昨日までうまく説明できなかったことが、少しだけ形になった気がした。
でも、その言葉をルナちゃんに伝える勇気は、まだなかった。
その日は、わたしは屋上へ行かなかった。
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