ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。
 ◇

 食後、キッチンに立ち、お湯を沸かす。

 戸棚からいつもの茶葉を取り出し、ガラスポットに入れる。
 立ち上る湯気とともに、ふわりとジャスミンの華やかな香りが広がった。

「淹れたよ」

「……ありがとう」

 テーブルに置いたマグカップを、彼女は両手で包み込むようにして持つ。

「淹れ方のメモ、冷蔵庫にも貼っといたけど。お湯は少し冷ましてから。蒸らすのは三分な」

「わかった。ありがと」

 何度目かの指導にクスクスと笑うマナを見て、胸の奥が締め付けられる。

 これらの行動はすべて、純粋な優しさなどではなく、ひとつでも多く俺の痕跡を残したいという気持ちゆえだった。
 味や香りを通して、俺の存在をできるだけ深く、彼女に刻み込みたい。
 そして、その微笑みを、この脳裏に焼き付けておきたかった。
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