ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。
さすがは紅茶の国。近所を散策するだけでも、いくつもの茶葉専門店を見つけることができる。
先日、二人でふらりと立ち寄ったお店は、ダークウッドの重厚な棚が壁一面に並び、そこかしこに芳醇な茶葉の匂いが染み付いていた。
ハルが淹れてくれたのは、そのとき上品な年配の女性店員に勧められるまま包んでもらったうちの一つだ。
秋口に収穫されたばかりの茉莉花は、濃厚でふくよかな香りが特徴なのだという。
「わ。これも美味しいね」
隣に顔を向ける。
立ち上る湯気の向こう側には、優しい瞳があった。
私がロンドンへ来てから、ハルはずっと穏やかだ。
ふとした瞬間の悪戯な視線は変わらないけれど、私の気配に心から安堵してくれているのがわかる。
「飲み終わったら、カットしようか」
「ん」
このあとは、彼の伸びた髪を切ってあげる約束をしている。
そうやって私たちは、愛情を交わし合う。
甘い香りと、あたたかい静寂が満ちる部屋。
同じ階の共有スペースから流れてくる、アコースティックギターの心地よい音色。
ゆるやかに溶けていくような、週末の午後。