ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。

「お礼は?」

 床に座ったまま、距離を詰める。

「このピザ」

「足りねーよ」

 俺の文句にクスクスと肩を揺らす姿をじっと見る。
 アルコールのせいか、見つめ返してくる瞳はやや潤んでいる。

「じゃあ、何がいい?」

 ほんのりと色づいた頬。
 いつもより隙だらけで、どこか挑発的だ。

 そんな彼女に、少しの苛立ちをおぼえる。

「泊まりたい」

 逃がさないように、まっすぐ答えた。

「……お母さん、心配しない?」

「今日、夜勤でいない」

 嘘だけど、大学生の息子が外泊したところで大して気にしないだろう。

「そっか。じゃあ……いいよ?」


 窓ガラスを叩く激しい雨音が、静かな部屋に響いてくる。


「……あー、ハル。また、ここ見てるでしょ」

 彼女が指すのは、自身の頬にあるほくろ。

「…………」

 認める代わりに、そこへキスを落とした。
 至近距離で視線をぶつけたあと、熱い頬を這い、少しだけ開いた唇を塞ぐ。

 そのまま、真新しいシーツが掛けられたベッドへと誘った。

 白く可憐に咲き誇りながらも、どこか儚さを持ち合わせる彼女に出会ってから、二年半。
 俺は今もまだ、その香りに溺れ続けている。
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