ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。
 ◇

 時給の良さだけで選んだ居酒屋のバイトを終え、油の匂いが染み付いたシャツを羽織り、勝手口を出た。
 葉桜を揺らす夜風は、まだ肌寒い。

 高校の校則から解放され、ようやく「自分で稼ぐこと」ができるようになった。
 もうすぐ俺は十九歳になり、その後すぐ、彼女は二十一歳になる。
 ちょうど一週間だけずれた誕生日。

 今年こそ自分のお金で、彼女がほしがるものを買いたい。
 そのために、こうして日付の変わるクローズまで働いている。


「…………」

 自宅への帰路を歩き出したが、ふと踵を返し、駅へと向かった。

 今日は本当に、母親が夜勤でいない。
 そして、明日は火曜日。マナの仕事は休みで、俺も大学の講義を入れていない。
 走ればギリギリ、上りの終電に間に合う。

 ◇

 荒い息のままガラガラの車両へ滑り込み、揺られること三十分。

 驚く顔が見たくて、連絡も入れずに辿り着いたマナのマンション。
 だが、冷たいインターホンを押しても、分厚い扉の向こうは静まり返っていた。

 もう、だいぶ遅い時間だ。
 勢いで来てしまったけれど、寝ているかもしれない。
 今さら焦り始める。

 しかし、取り出したスマートフォンの画面をタップすると、あっさりと通話が繋がった。
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