君に届け
第四章 共に生きる

未来へ

あの地獄のような日から、一年が経った。

2012年3月11日。

あの日と同じように、東北の空からは冷たい風が吹きつけていたけれど、去年のあの一切の感覚をなくすような暴力的な極寒とは違っていた。
山の上へと続く坂道を歩きながら、私はふと街を見下ろした。
あの日、山の上から唖然と眺めていた、黒い水にすべてを喰らい尽くされて荒れ果てた風景――そこにはもう、ただの絶望だけが広がっているわけではなかった。
まだ更地も多く、傷跡はあちこちに残っている。
けれど、あちこちで工事の音が響き、新しい建物が建ち始め、歩く人たちの表情には少しずつ笑顔が戻っていた。

あの日すべてを失ったこの街に、今、少しずつ活気が戻ってきている。

「……街も、みんな、生きてるんだね」

私の隣を歩く翔吾くんが、優しく微笑みながら街を見つめていた。

私たちは、高台に新しく作られたお墓の前に立っていた。
そこには、私の大好きな家族の名前と、大好きな大親友、長谷川優子の名前が刻まれている。
お線香の煙が、風に吹かれて白く空へ昇っていく。
私は静かに目を閉じ、手を合わせた。

(優子、お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん。私、なんとかこの一年、生きてこられたよ……)

まだ、みんなのことを思い出すと胸が締め付けられて、夜中に涙が止まらなくなる日もある。
完全に救われたわけじゃないし、一生この傷が完全に癒えることはないと思う。
だけど、隣にいる翔吾くんが、本当にあの日約束した通り、私の手を引き続けてくれたから、私は今こうしてここに立っていられる。

「……希子」

お参りを終えて目を開けると、翔吾くんが私のほうを振り返った。

14歳になった彼は、この一年で少し背が伸びて、顔つきも大人っぽくなっていた。
でも、その瞳にあるお人好しでまっすぐな優しさは、あの頃のままだ。

「翔吾くん?」

翔吾くんは私の目をまっすぐに見つめると、少し緊張したように息を吸って、静かに口を開いた。

「一年前に体育館でさ、『共に生きよう』って言ったの、覚えてる?」
「うん。忘れるわけないよ。あの言葉があったから、私は生きてるんだもん」
「あのときは、生きるための義務とか、あいつらの分まで、っていう意味が強かったと思うんだ。でもね……この一年、ずっと相原の隣にいて、俺, 自分の気持ちに気づいたんだよ」

翔吾くんは一歩、私に近づいて、私の手をぎゅっと握りしめた。
あの震災の夜に、凍えそうだった私を温めてくれた、あの大きくて優しい手だ。

「俺、希子のことが好きなんだ。ただ『生き残った同士』だからじゃなくて、相原希子っていう一人の女の子が、愛おしくて、これから先の未来をずっと隣で支えたいって思うようになった」
「っ……神原、くん……」

突然の告白に、私の胸がドクンと大きく跳ねる。

「完全に傷が癒えることなんて、きっと一生ないよ。お互い、失ったものが大きすぎるから。でもさ……だからこそ、これからの人生、一緒に家族や親友の分まで、共に生きよう。俺の隣で、一緒に幸せになってくれませんか」

翔吾くんのまっすぐな瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
それを見た瞬間、私の目からも、ずっと堪えていた涙があふれ出した。
でも、この涙は、あの日山の上で津波を見たときの絶望の涙じゃない。
優子の訃報を聞いたときの後悔の涙でもない。
翔吾くんの温もりを受け止めて、私も前に進もうと思えた、未来への涙だった。

お墓に刻まれた優子の名前を見つめる。
心の中に、あの日の優子の「希子は、生きて……!」という叫び声が優しく響いた気がした。

「うん……っ。喜んで。私でいいなら、ずっと隣にいさせて……!」

私は、新しく変わり始めた街と、優子たちの眠るお墓の前で、握られた翔吾くんの手を、今度は自分からも強く、強く握り返した。

ふと見上げると、あの日からずっと私たちの心を凍らせていたような寒かった空に、雲の隙間から一筋の柔らかな光が差し込んできた。

頬を撫でていく風の中に、ほんの少しだけ、新しい季節の訪れを告げる春の香りがした。

私たちの冬は、今、ようやく終わりを告げたんだ。
< 8 / 10 >

この作品をシェア

pagetop