伯父の命により、高潔すぎて『聖人』と噂の男の元へ行く事になりました。

10.永遠の契り

 日も沈んだ時刻、梓娟は眞佳に手を引かれて長く続く廊下を歩いていた。

「眞佳様?こんな時刻に一体どちらへ?」

 梓娟は何度もそう尋ねたが、答えは返ってくる事は一度もない。ただ無言のまま突き進んでいく眞佳の様子に違和感を覚えた。
 そして恐る恐る見上げて見た顔は、いつものように微笑んでいるが、梓娟からは顔が翳って見える所為でどこか少し恐ろしく思えた。

 ──本当にどこへ向かってるの?だって此処、蒼家直系たちが住む屋敷でしょ?

 今いる場所は降龍館でも、下っ端の祓氏たちの小館でもない。その少し山を上った所、龍東万雷に勤める眞佳や蒼晏といった直系たちが住む御殿だ。
 普通の祓氏ならば足を踏み入れる事も出来ない場所で、勿論梓娟が連れて来られたのもこれが初めてだ。
 おまけに堂々と手を繋いでいるものだから、周りの使用人たちが驚愕の表情でこちらを見ている。
 何よりあの女っ気がない蒼眞佳が、見知らぬ女を連れ込んでいるのだから驚きがより一層強そうだ。

「眞佳様、どうか手を離して下さい。周りに変な目で見られてしまいます」
「気にすることは無い」
 
 ──気にするわよ!

 眞佳は自分の立場を理解していないのか、許嫁のいる身で他の女を寝所のある御殿に連れて来るという事は……。
 梓娟はこの先にある場所を察し、みるみる内に顔から血の気が引いていく。

 ──ちょっと、この先は不味いでしょ!

 そう思った時には角を曲がっていた。すると廻廊の向こうにある部屋が視界に飛び込んだ。

 ──う、嘘でしょ!?

 広く立派な部屋と言えば、それが誰の部屋かは簡単に察しがつく。
 慌てて足を止めようにも、手を引く眞佳の力があまりにも強すぎて止める事は出来ない。

 ──あぁ〜、もうっ!馬鹿力!

 掴まれた手を睨んでる内に辿り着いてしまった部屋の前で、眞佳はようやくその足を止めた。
 やけにゆっくりと開いていく扉に、胸がけたたましく高鳴る。ごくりとつばを飲み込む梓娟は、嫌な予感で変な汗をかいていた。
 部屋の中は、想像通りの綺麗に整理された慎ましく、眞佳らしさを感じさせた。
 しかし、何もないと言える程に閑散とした空間ながら、何故か見覚えのある荷物が隅に置かれていた。

「あ、あ、あの、眞佳様?何故小館にある筈の私の荷物が此処に?」
「ここは私の部屋だが、今から君の部屋でもある」
「はい!?な、何を、そんな笑えない冗談を……っ」

 ぱたり……、と背後から扉が閉まる音が響いて梓娟はびくりと肩を震わせた。
 真っ暗になった部屋に、ふっと燭台の火が灯る。
 灯りは外からの風もないのにゆらゆらと揺れる。それに照らされた眞佳は、やはりいつも通り微笑んでいた。

「私が永遠(とわ)に共にいたいと思えるのは君だけ」
「きゃっ……」

 突然抱え上げられた梓娟は部屋の奥、寝室へと連れて行かれ、そして大きな寝台の上に優しく下ろされた。

「ま、まって、少し話し合い──んんっ」

 例の如く強引に口を塞がれ、両方の手には骨張った指が絡んで、強く握りしめられる。これはもう振り払うことは出来ない。
 眞佳は二人の手を固く繋ぎ合わせたまま、味わうように唇を啄んでくる。顔を上げてくれた頃にはもう梓娟の唇は赤く塗れ、瞳はとろりと落ちていた。
 霞む視界には菩薩の顔が映っている。だがそれはいつもとはどこか違って見えた。
 形の良い薄い唇が微かに動いたが、その声を聞き取る事は出来なかった。

「──、永遠の契りを結ぼう」

 そうして再び近づいてくる顔に、梓娟はゆっくりと瞼を閉じた。
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