伯父の命により、高潔すぎて『聖人』と噂の男の元へ行く事になりました。

3.飛翔

 梓娟は蒼晏の後ろに続いて龍颯山を下山した。
 龍颯山は東方の街衢(がいく)とは少し離れた場所にある。麓の周囲には村もなく、行けども行けども長閑で平坦な道が続いている。

 ──それにしても、息一つ乱れてないなんて。流石は当主代理の息子だわ。

 下山で微かに息が上がっている梓娟は、目の前にある大きな背中を見つめた。
 蒼晏の背筋はずっとぴんっと伸びたままで、険しい山を下りてきたという疲労感が一切感じられない。
 二人の体力差は明らかで、それでも離されずに彼の後を着いていけるのは、蒼晏が梓娟の歩調に合わせて歩いてくれているからだ。
 しかし梓娟にはそれがかえって気まずさを感じさせた。

「いやぁまさか延芳が『飛翔(ひしょう)』を出来ないはな」
「あは、ははは……すみません」

 苦笑いをする蒼晏に梓娟は肩を落とした。

 ──…⋯蒼家は飛べる事をすっかり忘れていたわ。

 飛翔──それは正しくその言葉の通り、空を飛ぶ事を指している。
 蒼家の祓氏たちはみな、広く高い大空を自由に飛ぶことが出来た。
 これは天を舞う霊獣の血が流れる家門だけが持つ特有の才で、五門家の内三つの家門がその才を持っていた。
 残念ながら黒家には空を飛ぶ才はなく、梓娟は空を飛ぶ事は出来ない。
 なので──

「まだ練習中でして⋯⋯」

 そう言葉を濁して誤魔化すしかなかった。

 「やはり蒼家の血が薄い事が原因か」

 蒼晏はこちらに都合の良い解釈してくれたようだ。蒼家筋である筈なのに飛べない事への違和感を抱いていないようだ。
 うっかりしていた梓娟だったが、延芳が遠い親戚であった事に助けられてホッと胸を撫で下ろす。
 しかし本来飛翔が出来ればひとっ飛びで目的地へと辿り着け、地の道を歩んで行くまどろっこしい手段を選ぶことは無かった。
 蒼晏には申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
 目を凝らして遠くの方を見つめる。まだまだ街らしきものは見えない。
 
 ──……道のりは長いわね。

 梓娟は重々しい気持ちで、この大地の感覚を足で踏みしめた。
< 4 / 5 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop