婚約解消された初恋の親友に契約婚を申し込む〜深雪社長は初恋の雪解けを許さない〜
「……結婚がなくなっちゃったから、本当に申し訳ないんだけど」

電話で連絡を受けたその日、深雪桃矢(みゆき とううや)は親友である片籠怜(かたかご れい)の話を聞き憤りを覚えていた。

気丈に振る舞っているが僅かに声が震えている。
泣いた後だろうか。

彼女をこんな風にさせる男が疎ましく、腹の底で煮えたぎる感情を抑えるように視線を窓の外へ向けた。

外はまだ明るく、ビジネスマンらが淡々とした足取りで行き交っている。
その規則的な歩みが深雪の心をいくらか平らに馴らしたが、しかし憔悴しきった雰囲気で謝罪する片籠の言葉を聞くと辛くなった。

数か月前の彼女は輝いていた。

「深雪のセンスが好きだから、ぜひお願いしたいの」

今年で三十歳を迎える深雪は、大学在学中にデザイン会社を起業したのち印刷会社の事業承継で事業規模を拡大発展させていた。

今は主にギフト包装の販売・ブランディングプロデュースと、ウェディング関連のペーパーデザインの二軸を中心に展開しており、ギフト市場では近年馴染みある存在となっている。

そんな深雪に、片籠は結婚式のペーパーアイテムを一括で外注したいと半年以上前に連絡してきた。

彼女は高校時代からなる親友だが、しかし頻繁に会うわけでなく、恋人の居る彼女との連絡は近況報告程度。
しかも勝手にこちらが”親友”と呼び、その関係を押し付けているだけで、向こうは実際のところどう考えているかは分からない。

人好きする穏やかな性格の片籠の周りには昔から人が集まっていたので、もしかすると今もそのうちの一人という可能性すらある。

だが結婚の報告と共に、片籠は深雪のセンスが好きだからと仕事を依頼してくれた。
あの時の照れ交じりに告げる声は弾んでいて、幸せそうでよかったと安堵したものだ。

しかし……――――

「ごねんね。作家さんにも本当に申し訳なくて……せっかく描いてくれたのに、お披露目できなくて」

招待状から始まり、席辞にウェルカムボード、二人の似顔絵など多岐に渡って片籠の結婚式にまつわるアイテムを共に準備してきたが、式を一か月後に控えた今日、突然の婚約解消の報告を受けることとなった。

突然、と言ったが……予感がなかったといえば嘘になる。

デザイン確認のために連絡を取っていたが、どうも式の準備の負担は片籠に偏っており、ほぼ独断といっても過言でない状況は二人の間に温度差を感じさせていた。

相手の男は忙しいらしく、任されているのだと言っていたが、疎かにされているのではないかと深雪は密かに気を揉んでいたのだ。

どうか杞憂であって欲しい、幸せになってくれ。

純粋にそう願っていたが、しかし大学時代から付き合っているという二歳年上の男は片籠を傷つけた。

「――今夜会って話せない?」

もう遠慮する相手はいないため思いきって問えば、片籠は言葉を詰まらせる。

「え……っと、どうかなぁ……まだ色々とバタついてて暫くはちょっと……」

手配したものの後処理に追われているという説明に納得したが、しかし深雪は探るように聞く。

「今は実家に戻ってるの?」

「うん。同棲なんてしてられないよ。というか聞いて、解消したその日に来たんだよ?肝座ってるというか、厚かましいよね~。まぁ、らしいといえばらしいんだけど」

来た、というのは浮気相手だろうか。
片籠は動揺しているのか、わざと明るく振る舞っているせいか、誰がという名前を伏せつつも浮気されたことを十分に負わせる発言をしていた。

無意識なのだろう。

片籠は昔から、極度に興奮したり動揺すると少し話が飛ぶところがある。

今もきっと彼女なりに現実を受け入れようとしているのだろうが、心が乖離しているのかもしれない。

「そんなこと笑って言うなよ」

無理に笑おうとしている姿が目に浮び深雪は柔らかく嗜めた。

笑うとえくぼが出来る片籠の口許が深雪は好きだったが、こんな風に作られていいものじゃない。

「いや、だってほら。俯瞰してみると面白いから」
「面白くない。会って話そう。今夜お前の家に行くから」

婚約を解消されたことを笑って流す片籠の自虐的な言い回しが気に入らず語気を強めると、電話の向こうの声が少しだけ上擦って響く。

「なに?そんな怖い声出して……」

しまった、と思い吐息を零す。

「片籠の力になりたいんだ、親友だから」

だから今夜は家で待つようにと、どうにか丸め込んで通話を終える。

深雪は奥歯を軋ませ苛立ちを溢した。

――悔しい。幸せそうだったから諦めたが、こんな結果になるのなら遠慮しなければ良かった。

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