名もなき空に、青い風が吹く
 「あのね、芦香。四十九日は忌明(いみあ)けの節目
なの。喪に服していた遺族が亡くなった人へ
の想いを大切にしながら、日常生活に戻って
いく節目なのよ。だから、元気になってとは
言わないけど、そろそろ気持ちを整理しよう。
悲しみを乗り越えて、一歩ずつ前に進もう」

 体調がすぐれないという理由で四十九日の
法要を欠席してしまったわたしに、お母さん
がやさしく声を掛けてくる。ベッドに潜って
頭までかぶっていた布団に、ぽん、ぽん、と
労わるような感触があった。

 けれど、お母さんのやさしさに触れたわた
しの心はシベリアの永久凍土並みに凍て付い
ていた。

 悲しみを乗り越えるって、なに?どうして
乗り越えなきゃいけないの?わたしは悲しん
でいたいんだよ。乗り越えたくなんかないん
だよ。それくらい、大切な人を失ってしまっ
たんだから。

 お母さんはそこまでいっくんのこと大事に
想ってないから、そんなこと言えるんだよね。
義理の甥で血が繋がってないから、そんなに
悲しくないんだよね。もし、いっくんが助か
ってわたしが命を落としていたらそんな風に
言える?一歩ずつ前に進もうなんて思える?

 伯母さんはきっと、前になんか進めないよ。
大事な息子を亡くした悲しみをずっと背負っ
ていくんだよ。それなのに、それなのに――。

 言葉に出来ない想いが、頭の中をぐるぐる
駆け巡る。お母さんがどんなにわたしのこと
を心配しているかわかっていても、お母さん
の顔を見るたびに泣いている伯母さんの顔が
ダブって見えて、心が尖ってしまう。

 「……心配かけてごめんね」

 その言葉を喉から絞り出すのに何分かかっ
ただろう。しばらくして当て付けのように他
の美容室に通い始めたけれど、お母さんはひ
と言もわたしを責めなかった。それでもわた
したち母娘の間に出来た小さな溝は埋まるこ
となく、不協和音はいまだに続いている。

 「家族だと遠慮がないぶん自分のセンスを
押し付けてくるんだよね。前髪あんまり切ら
ないでって言っても伝わらないし」

 指先で髪を弄びつつ、本心とは掛け離れた
理由を口にする。
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