名もなき空に、青い風が吹く
 「確か自由形の二百メートルだっけ?いっ
くん、誇らしげにメダル見せてくれたよね」

 辛すぎる記憶を振り払うように、わたしは
笑みを浮かべる。

 「カナヅチの芦香を特訓する!って言って、
三人で市民プール行ったこともあったよな」

 「行った行った。わたしたちが三年生の時
だよね?子どもたちだけでバスに乗って出か
けるなんて初めてだったから、まるで冒険に
向かう勇者みたいな気分だった」

 ドキドキしながらバスを待っていたわたし
と大翔は、ぷしゅーという音と共に扉が開く
と、整理券を取って運転席の斜め後ろにある
二人席を陣取った。大きなフロントガラスの
向こうに広がる街がいつもと違って見えて、
頭の中には大魔王を倒すため冒険に繰り出す
RPGの壮大なサウンドが流れていた。

 けれどノリノリで座っていたわたしたちを、
運転席の後ろに座っていたいっくんが手招き
したんだ。二人で首を傾げながらいっくんが
座っている席の後ろに移動すると、彼は得意
そうに言った。

 「人っていざという時自分を守ろうとする
から、運転手の後ろが安全なんだって」

 「なにそれ」

 振り返って、こそっ、と告げたいっくんに、
大翔が眉を寄せる。

 「ちょっとした雑学だよ。本当かどうかは
わからないけど、覚えておいて損はないでし
ょ?」

 そう言ってくるっと前を向いたいっくんに、
わたしは「ふぅん」と鼻を鳴らした。意外に
用心深いところがあるんだな、と一瞬思った
けど、きっと年上としてわたしたちを守らな
きゃいけないという責任感があったんだろう。

 そのあと市民プールに着いたわたしたちは、
芋洗い状態の四角いプールを見て特訓は無理
だと悟った。水に入って三人で鬼ごっこをし
ただけだけど、それがとっても楽しくて閉館
ギリギリまで遊んだのを覚えている。

 「楽しかったな」

 「うん」

 「帰りにバス停まで歩きながら食べたアイ
スが、めちゃくちゃ美味しくてさ」

 「美味しかったね。最中も、中のチョコも
パリパリで」

 「溶けないうちに食べるの大変だったけど」

 「いっくんがウエットティッシュ持ってて
くれて助かったんだよね。垂れて来たバニラ
アイスでベタベタになっちゃったから。本当
に面倒見が良くて、やさしくて、お兄ちゃん
みたいで、大好きだったのになぁ。どうして
神様はいっくんを連れて行っちゃったんだろ」
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