名もなき空に、青い風が吹く
楽しかった思い出が、一瞬のうちに真っ黒
に塗りつぶされてしまう。わたしたちの笑顔
も、笑い声も、かけがえのない日々も、悲し
みという真っ黒な筆でぐちゃぐちゃに塗られ
てしまう。唇を噛んで俯いてしまったわたし
の耳に、低く穏やかな声が届いた。
「ひとつ聞きたいことあるんだけど」
「なに?」
視線を上げると予想外にやさしいまなざし
が待っていた。どきん、と鼓動が小さく鳴っ
てわたしは言葉の続きを待つ。すると大翔は、
一拍置いてから息を吐き出すように言った。
「あの時、芦香は川に落としたバレッタを
追いかけたんだよな」
わたしは目を見開き、はっと息をのんだ。
その反応を見ただけで納得したのか、大翔
は小さく頷いた。
「やっぱそうだったんだ。救助された芦香
の頭にバレッタがなかったから、初めは流さ
れてる途中で失くしたんだと思ってた。でも、
それじゃなんで芦香が血相変えて走り出した
のかわからない。理由を考えてみたらバレッ
タだって思った。伯母さんがくれたバレッタ
を落としたから、芦香は必死にそれを追いか
けたんだ」
大翔がじっとわたしを見つめる。
わたしはごくりと喉を鳴らした。
「そのこと、誰かに言った?」
「言ってないよ。言えるわけないじゃん。
そんな、伯母さんに責任を感じさせるような
こと、言えるわけない」
「だよな。そうだと思った」
大翔が肩で息をつく。重苦しい空気が二人
の間に横たわる。警察にも、家族にも、わた
しがバレッタを追いかけて溺れてしまったこ
とを打ち明けていなかった。夢中で遊んでい
たらうっかり足を滑らせてしまった、と話し
ていた。だからこのことは大翔しか知らない。
大翔しか気付いていない。
「あんま自分責めんなよ。俺まで辛くなる
じゃん」
膝の上で拳を握りしめていたわたしに大翔
が眉を寄せる。ずしんと肩に重くのしかかっ
ていた何かが、ほんの少しだけ軽くなる。
に塗りつぶされてしまう。わたしたちの笑顔
も、笑い声も、かけがえのない日々も、悲し
みという真っ黒な筆でぐちゃぐちゃに塗られ
てしまう。唇を噛んで俯いてしまったわたし
の耳に、低く穏やかな声が届いた。
「ひとつ聞きたいことあるんだけど」
「なに?」
視線を上げると予想外にやさしいまなざし
が待っていた。どきん、と鼓動が小さく鳴っ
てわたしは言葉の続きを待つ。すると大翔は、
一拍置いてから息を吐き出すように言った。
「あの時、芦香は川に落としたバレッタを
追いかけたんだよな」
わたしは目を見開き、はっと息をのんだ。
その反応を見ただけで納得したのか、大翔
は小さく頷いた。
「やっぱそうだったんだ。救助された芦香
の頭にバレッタがなかったから、初めは流さ
れてる途中で失くしたんだと思ってた。でも、
それじゃなんで芦香が血相変えて走り出した
のかわからない。理由を考えてみたらバレッ
タだって思った。伯母さんがくれたバレッタ
を落としたから、芦香は必死にそれを追いか
けたんだ」
大翔がじっとわたしを見つめる。
わたしはごくりと喉を鳴らした。
「そのこと、誰かに言った?」
「言ってないよ。言えるわけないじゃん。
そんな、伯母さんに責任を感じさせるような
こと、言えるわけない」
「だよな。そうだと思った」
大翔が肩で息をつく。重苦しい空気が二人
の間に横たわる。警察にも、家族にも、わた
しがバレッタを追いかけて溺れてしまったこ
とを打ち明けていなかった。夢中で遊んでい
たらうっかり足を滑らせてしまった、と話し
ていた。だからこのことは大翔しか知らない。
大翔しか気付いていない。
「あんま自分責めんなよ。俺まで辛くなる
じゃん」
膝の上で拳を握りしめていたわたしに大翔
が眉を寄せる。ずしんと肩に重くのしかかっ
ていた何かが、ほんの少しだけ軽くなる。