名もなき空に、青い風が吹く
 ついさっきまで、わたしもあの場所にいた。
火葬炉に吸い込まれていく棺に手を合わせ、
けれどみんなと同じように涙を流すことが出
来ず、ただ唇を噛みしめていた。悲しいのに
泣けない自分が嫌で、冷たい人間だと思われ
るのが恐くて、ここに逃げて来たというのも
ある。涙で顔をぐしゃぐしゃにしている伯母
さんを見ているのが辛くて、掛ける言葉すら
見つからなかったわたしはこっそりその場を
抜け出して来たのだった。

 じわりと額に汗がにじむ。建物の中に戻れ
ば快適な空間が待っているというのに、戻る
気にはなれない。仕方なく暇潰しに敷地内を
散歩でもしようかと足を踏み出した時、ふい
に不機嫌な声に呼び止められた。

 「どこ行くの」

 ぶるりと心臓が震える。聞き覚えがないよ
うでいて、どこか懐かしい、低い声。大翔(ひろと)だ。
わたしは気付かれないように小さく息を整え
ると、努めて平静を装った。

 「別にどこも行かないよ。ちょっと中庭を
歩いてみようと思っただけ。大翔こそなんで
ここにいるの。暑いのに」

 「なんでって、芦香(ろか)がひとりで出てくのが
見えたからあと追って来ただけ。帰っちゃう
のかと思ったから」

 「帰らないよ。帰るわけないじゃん。まだ
お別れの途中なのに」

 「だよな」

 振り返ったわたしに頷き、大翔が歩み寄る。
チャコールグレーのスラックスに、まっ白な
シャツ。ストライプの緑のネクタイが短めに
見えるのは大翔の背が高いからか。わたしは、
両手をスラックスのポケットに突っ込んで半
歩前を歩き出した大翔に続いた。

 「久しぶりだな」

 「うん」

 「不謹慎かもしれないけど、会えると思っ
てなかったから、ちょっと嬉しい」

 「だいぶん不謹慎だね。伯父さん、化けて
出るよ」

 「こわ。やっぱ、いまのナシで」

 顔を見合わせ二人して肩を竦める。

 胃がんであっという間にこの世を去ってし
まった伯父さんは大翔にとって血の繋がった
叔父さんであり、わたしたちは『いとこのい
とこ』という間柄だ。つまり、わたしと大翔
にはまったく血の繋がりがない。大翔はわた
しのいとこである、いっくん、こと仲空郁海(なかぞらいくみ)
のいとこ。六親等を超えてしまうから親族で
すらなく、まっ赤な他人。
< 3 / 30 >

この作品をシェア

pagetop