名もなき空に、青い風が吹く
 「なになに、どうしたの!?」

 パジャマのズボンの裾をまくり上げ、血相
を変えて浴室に飛び込んできた妹を見上げる。
片足でケンケンしながら蛇口を捻ると、妹
は出て来たお湯に左足をくぐらせた。

 「ウメコのうんち、踏んじゃったのっ!!
しかも素足で!!もー、お風呂出てさっぱり
したところだったのに、最悪っ!!わかる?
踏んだ瞬間の、うにゅう~っていう感触!!」

 「あー、ごめん。ちょっと想像したくない
かも」

 両手で石鹸を泡立て、足を洗い始めた妹に
憐みの視線を送る。ウメコというのは我が家
の愛犬、チワワの名でトイレシーツが汚れて
いると時々粗相をするのだ。大概は誰かが気
付いて片付けるのだけど、妹の(はる)はうっかり
踏んでしまったらしい。

 わたしは腕を組んで浴槽の縁に乗せると、
足を洗っている陽を覗いた。途端に、ふわっ
とスカトール臭が鼻をつく。

 水圧と一緒に悪臭が顔まで舞い上がる。

 「うわ、くっさ。なんかお風呂の中が大腸
菌で充満しそう」

 思わず鼻を摘まんで顔を顰めたわたしに陽
がジト目を向けた。

 「そういうこと気にするならさ、お姉ちゃ
ん、お風呂のお湯に潜るのやめた方がいいよ」

 「なんで?」

 「お父さんが毎回、湯船に浸かって盛大に
オナラしてるから。知ってる?たった一回の
オナラで数万もの大腸菌がお湯の中に放出さ
れるんだって。お父さん昨日もオナラしてた
し、追い炊きして水換えてないから大腸菌が
ウヨウヨいると思うよ」

 七つ年下で小学五年生の陽はいまでもたま
にお父さんとお風呂に入っている。だから、
盛大にオナラをしてるというのは、事実なの
だろう。

 まさに知らぬが仏だ。毎晩のようにお湯に
潜って目を開けていたわたしは、ゲンナリし
てしまった。

 「そういうことは、もっと早く教えてよね。
わたしが潜ってるの、知ってたんだからさぁ」

 ゴシゴシ足を洗っている陽に文句を垂れる
と、陽は姫カットレイヤーの長い髪をばさっ
と払って言い放った。
< 7 / 30 >

この作品をシェア

pagetop