『黒薔薇館の十三夜』

第六章 消えた少女

「紗奈!」

 美咲の叫びが、狭い通路に響き渡った。

 返事はない。

 つい数秒前まで、確かに最後尾を歩いていた白石紗奈の姿は、跡形もなく消えていた。

「そんな……。」

 悠斗は懐中電灯代わりのスマートフォンを左右へ向ける。

 細い通路には、隠れられる場所などどこにもない。

 左右は石壁。

 天井は低く、人一人が通るだけで精いっぱいの幅しかない。

「紗奈! 返事して!」

 結衣も声を張り上げる。

 しかし返ってくるのは、自分たちの声が反響する音だけだった。

「おかしい……。」

 蓮は壁を拳で軽く叩く。

 コン、コン。

 鈍い音が返るだけ。

 隠し部屋があるようには思えない。

「皆様、こちらへ!」

 通路の入口で霧島が叫んだ。

「すぐに戻ってください!」

「でも紗奈が!」

「今は危険です!」

 霧島の声は震えていた。

 その表情には焦りだけでなく、恐怖が浮かんでいる。

 まるで、この状況になることを知っていたかのようだった。

 ◇

 七人――いや、六人は急いで玄関ホールへ戻った。

 館の中は異様な静けさに包まれている。

 柱時計だけが、規則正しく時を刻んでいた。

 カチ、カチ、カチ……。

「霧島さん!」

 健人が詰め寄る。

「説明してください!」

「この館で人が消えるなんて、普通じゃありません!」

 霧島は苦しそうに目を閉じた。

「……申し訳ありません。」

「謝ってる場合じゃない!」

 蓮が怒鳴る。

「警察を呼んでください!」

 美咲もスマートフォンを取り出す。

 だが画面には、昨日と同じ文字。

 圏外。

「電話が繋がらない……。」

 悠斗も首を振る。

「俺もだ。」

 全員のスマートフォンが圏外だった。

 館の固定電話も試した。

 受話器を上げても、何も聞こえない。

 ツーという発信音すらない。

「電話線が切れている……?」

 健人が呟く。

「そんな……。」

 不安が、一気に現実味を帯びてきた。

 外部と完全に連絡を絶たれている。

 つまり今、この館で何が起きても、助けは来ない。

 ◇

 「館を探しましょう。」

 結衣が静かに言った。

「まだ館の中にいる可能性があります。」

 霧島はゆっくり頷いた。

「私も同行します。」

 六人と霧島は館中を捜索し始めた。

 二階。

 三階。

 書斎。

 音楽室。

 礼拝堂。

 客室。

 厨房。

 地下へ続く階段は見つからない。

 紗奈の姿も見つからない。

 一時間。

 二時間。

 時計の針だけが進んでいく。

 誰もほとんど口を開かなかった。

 ◇

 午後三時。

 館の東側にある温室へ入った時だった。

「……見て。」

 結衣が立ち止まる。

 ガラス張りの温室の奥。

 一輪だけ、黒い薔薇が折れていた。

 その根元には――

「これ……。」

 美咲がしゃがみ込む。

 白いハンカチだった。

 角には、小さく刺繍が入っている。

 S.S

「紗奈のだ。」

 昨日、夕食の時に使っていたものだった。

「ってことは……。」

 悠斗が周囲を見回す。

 その時だった。

 ガタン!

 温室の扉が突然閉まった。

「!」

 全員が振り返る。

 扉は固く閉ざされ、びくともしない。

「開かない!」

 蓮が力いっぱい押す。

 しかし動かない。

「鍵なんて掛かってないはずなのに!」

 大翔も加勢する。

 それでも開かない。

 その瞬間だった。

 館中のスピーカーから、ザーッというノイズが流れ始めた。

 『……テスト。』

 機械越しの声。

 男とも女とも分からない。

 全員が凍りつく。

 『ようこそ。』

 ザーッ。

 『黒薔薇館へ。』

 霧島の顔色が一気に変わった。

「まさか……。」

 『ゲームを始めましょう。』

 館中に、不気味な笑い声が響く。

 『一人目は預かりました。』

 『残り六人。』

 『全員が無事に帰れる保証はありません。』

 『館の秘密を暴けば、生きて帰れるでしょう。』

 『ただし――』

 ザーッ。

 『犯人は、あなたたちのすぐ近くにいます。』

 ブツン。

 放送が途切れる。

 静寂。

 誰も声を出せない。

 今の放送は何だったのか。

 誰が話していたのか。

 そして。

 「犯人は、あなたたちのすぐ近くにいます。」

 その言葉だけが、重く胸に残る。

 悠斗がゆっくりと周囲を見渡す。

 美咲。

 結衣。

 蓮。

 健人。

 大翔。

 霧島。

 全員が互いを見つめていた。

 その視線には、昨日までなかった感情が宿っている。

 疑い。

 誰もが、「犯人はこの中にいるのではないか」と考え始めていた。

 その時、美咲は気づく。

 霧島の燕尾服の袖口に、小さな赤黒い染みが付いていることを。

 血のようにも見えた。

 霧島は慌てて袖を隠す。

 その一瞬を、美咲は見逃さなかった。

 館に閉じ込められた七人。

 いや、今は六人。

 彼らの間に生まれた疑心暗鬼は、これからさらに深まっていく。

 そして、その日の夜。

 黒薔薇館で、最初の殺人事件が幕を開けることになる。
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