『黒薔薇館の十三夜』
第五章 肖像画の秘密
「……開けてはいけません。」
霧島の低い声が、静まり返った廊下に響く。
誰も動かなかった。
壁紙の裏から現れた小さな木の扉。
鍵穴はなく、長い年月を経た木目には無数の傷が刻まれている。
「どうしてですか?」
美咲が尋ねる。
霧島は扉から目を離さない。
「その先は、長い間使われていない場所です。」
「それだけ?」
蓮が一歩前へ出る。
「それだけなら、隠す必要はないですよね。」
霧島は何も答えない。
沈黙だけが、答えの代わりだった。
「開けよう。」
悠斗が木の取っ手へ手を掛ける。
「待ってください!」
珍しく霧島が声を荒らげた。
しかし、その瞬間だった。
ギィ……
重い音を立て、扉がゆっくりと開いてしまった。
中には人ひとりがやっと通れるほどの細い通路が続いている。
冷たい空気が流れ出し、かすかに湿った土の匂いが漂った。
「隠し通路……。」
健人が思わず息を呑む。
美咲は懐中電灯代わりにスマートフォンのライトを点ける。
光は奥まで届かない。
闇がどこまでも続いている。
「少しだけ見てみよう。」
蓮が先頭に立つ。
「危険です!」
霧島は止めようとした。
だが七人は顔を見合わせると、小さく頷き合い、そのまま通路へ足を踏み入れた。
◇
通路は思った以上に長かった。
壁は石造り。
天井は低く、ところどころ蜘蛛の巣が張っている。
何十年も誰も通っていないような雰囲気だった。
足音だけが、不気味なほど大きく反響する。
コツ……。
コツ……。
「こんな場所、本当にあったんだ。」
紗奈が小さく呟く。
「昔の洋館には秘密の通路があるって聞いたことあるけど……。」
悠斗が周囲を照らす。
すると壁に何かが掛かっているのが見えた。
「写真?」
近づくと、それは額縁だった。
一枚。
二枚。
三枚。
通路の壁一面に、館の歴代当主と思われる人物の肖像画が並んでいる。
どの人物も立派な服装をしているが、不思議なことに全員、表情が暗い。
まるで笑うことを忘れてしまったようだった。
美咲が最後の一枚へライトを向ける。
そこに描かれていたのは、十五、六歳ほどの少女だった。
黒いドレス。
長い黒髪。
どこか寂しそうな瞳。
「この子……。」
結衣が息を呑む。
「昨日見た女の子……。」
美咲も思わず頷いた。
間違いない。
食堂で結衣が見たという少女。
昨夜、美咲が廊下で見た黒い影。
その顔と、絵の少女は瓜二つだった。
額縁の下には、小さな金属プレートが付いている。
『黒薔薇家 長女 黒薔薇 澪 享年十五歳』
「……享年?」
紗奈の声が震える。
「亡くなってるってこと……?」
その時。
ギィィ……
誰も触れていない肖像画が、ゆっくりと傾いた。
「え?」
全員が固まる。
次の瞬間。
ガシャン!
額縁が床へ落ち、ガラスが砕け散った。
「きゃあっ!」
紗奈が悲鳴を上げる。
慌てて悠斗が少女の肖像画を拾い上げると、裏側から一枚の古い紙が落ちた。
美咲はそれを開く。
そこには、インクが滲んだ文字でこう書かれていた。
『私を信じないで。』
その一文だけだった。
「どういう意味……?」
誰も理解できない。
その時だった。
館中に、けたたましい鐘の音が鳴り響く。
ゴーン!
ゴーン!
まるで非常ベルのように、何度も何度も。
「皆様!」
通路の入口から霧島が叫ぶ。
今まで見たことのないほど焦った表情だった。
「すぐに戻ってください!」
「何があったんですか!」
健人が叫び返す。
霧島は息を切らせながら答える。
「一人……いなくなりました。」
その言葉に、全員の顔色が変わる。
「え?」
美咲は周囲を見回す。
一人。
二人。
三人。
四人。
五人。
六人――。
「……あれ?」
そこにいるはずの白石紗奈の姿が、消えていた。
ほんの数秒前まで、すぐ後ろを歩いていたはずなのに。
狭い通路に隠れる場所などない。
それでも、紗奈は跡形もなく姿を消していた。
そして通路の奥から、小さく、か細い少女の笑い声が聞こえる。
「……うふふ。」
七人だったはずの仲間は、六人になっていた。
誰も、その理由を知らない。
霧島の低い声が、静まり返った廊下に響く。
誰も動かなかった。
壁紙の裏から現れた小さな木の扉。
鍵穴はなく、長い年月を経た木目には無数の傷が刻まれている。
「どうしてですか?」
美咲が尋ねる。
霧島は扉から目を離さない。
「その先は、長い間使われていない場所です。」
「それだけ?」
蓮が一歩前へ出る。
「それだけなら、隠す必要はないですよね。」
霧島は何も答えない。
沈黙だけが、答えの代わりだった。
「開けよう。」
悠斗が木の取っ手へ手を掛ける。
「待ってください!」
珍しく霧島が声を荒らげた。
しかし、その瞬間だった。
ギィ……
重い音を立て、扉がゆっくりと開いてしまった。
中には人ひとりがやっと通れるほどの細い通路が続いている。
冷たい空気が流れ出し、かすかに湿った土の匂いが漂った。
「隠し通路……。」
健人が思わず息を呑む。
美咲は懐中電灯代わりにスマートフォンのライトを点ける。
光は奥まで届かない。
闇がどこまでも続いている。
「少しだけ見てみよう。」
蓮が先頭に立つ。
「危険です!」
霧島は止めようとした。
だが七人は顔を見合わせると、小さく頷き合い、そのまま通路へ足を踏み入れた。
◇
通路は思った以上に長かった。
壁は石造り。
天井は低く、ところどころ蜘蛛の巣が張っている。
何十年も誰も通っていないような雰囲気だった。
足音だけが、不気味なほど大きく反響する。
コツ……。
コツ……。
「こんな場所、本当にあったんだ。」
紗奈が小さく呟く。
「昔の洋館には秘密の通路があるって聞いたことあるけど……。」
悠斗が周囲を照らす。
すると壁に何かが掛かっているのが見えた。
「写真?」
近づくと、それは額縁だった。
一枚。
二枚。
三枚。
通路の壁一面に、館の歴代当主と思われる人物の肖像画が並んでいる。
どの人物も立派な服装をしているが、不思議なことに全員、表情が暗い。
まるで笑うことを忘れてしまったようだった。
美咲が最後の一枚へライトを向ける。
そこに描かれていたのは、十五、六歳ほどの少女だった。
黒いドレス。
長い黒髪。
どこか寂しそうな瞳。
「この子……。」
結衣が息を呑む。
「昨日見た女の子……。」
美咲も思わず頷いた。
間違いない。
食堂で結衣が見たという少女。
昨夜、美咲が廊下で見た黒い影。
その顔と、絵の少女は瓜二つだった。
額縁の下には、小さな金属プレートが付いている。
『黒薔薇家 長女 黒薔薇 澪 享年十五歳』
「……享年?」
紗奈の声が震える。
「亡くなってるってこと……?」
その時。
ギィィ……
誰も触れていない肖像画が、ゆっくりと傾いた。
「え?」
全員が固まる。
次の瞬間。
ガシャン!
額縁が床へ落ち、ガラスが砕け散った。
「きゃあっ!」
紗奈が悲鳴を上げる。
慌てて悠斗が少女の肖像画を拾い上げると、裏側から一枚の古い紙が落ちた。
美咲はそれを開く。
そこには、インクが滲んだ文字でこう書かれていた。
『私を信じないで。』
その一文だけだった。
「どういう意味……?」
誰も理解できない。
その時だった。
館中に、けたたましい鐘の音が鳴り響く。
ゴーン!
ゴーン!
まるで非常ベルのように、何度も何度も。
「皆様!」
通路の入口から霧島が叫ぶ。
今まで見たことのないほど焦った表情だった。
「すぐに戻ってください!」
「何があったんですか!」
健人が叫び返す。
霧島は息を切らせながら答える。
「一人……いなくなりました。」
その言葉に、全員の顔色が変わる。
「え?」
美咲は周囲を見回す。
一人。
二人。
三人。
四人。
五人。
六人――。
「……あれ?」
そこにいるはずの白石紗奈の姿が、消えていた。
ほんの数秒前まで、すぐ後ろを歩いていたはずなのに。
狭い通路に隠れる場所などない。
それでも、紗奈は跡形もなく姿を消していた。
そして通路の奥から、小さく、か細い少女の笑い声が聞こえる。
「……うふふ。」
七人だったはずの仲間は、六人になっていた。
誰も、その理由を知らない。