『黒薔薇館の十三夜』
第八章 閉ざされた部屋
木製の階段を駆け上がる足音が、館中に響き渡る。
タッ、タッ、タッ――。
美咲の鼓動も、それに負けないほど激しく鳴っていた。
二階へたどり着くと、あの長い廊下は昼間とはまるで別の場所のように静まり返っていた。
さっきまで聞こえていた物音は、ぴたりと止んでいる。
「確かに、この辺から聞こえたよな。」
悠斗が息を整えながら周囲を見回す。
「立入禁止」の札が掛けられた扉。
その横に隠されていた秘密の通路。
どちらも何事もなかったようにそこにある。
「誰か、いるなら出てこい!」
健人が声を張り上げる。
返事はない。
館全体が息を潜めているようだった。
その時、美咲は床に小さな違和感を見つけた。
「これ……。」
廊下の赤いじゅうたんの上に、黒い泥が点々と落ちている。
雨の日に外を歩いた靴につくような泥だった。
「昨日まではなかったよね。」
結衣がしゃがみ込み、指先で触れる。
まだ完全には乾いていない。
「新しい。」
蓮も顔色は悪いまま近づいてくる。
「誰かが、さっきここを歩いたってことだ。」
泥の跡は廊下をまっすぐ進み、「立入禁止」の部屋の前で止まっていた。
「中に入った……?」
美咲が呟く。
だが扉には大きな鍵が掛かったまま。
開けられた形跡はない。
「おかしいだろ。」
悠斗が眉をひそめる。
「鍵は閉まってるのに。」
健人はゆっくりしゃがみ込み、床を調べ始めた。
彼は推理小説が好きで、細かな観察が得意だった。
「……待って。」
床板の継ぎ目に細い傷がある。
それも一直線に。
「この傷……。」
健人は指でなぞる。
「扉じゃない。」
「え?」
「床が動いた跡だ。」
全員が顔を見合わせた。
「つまり……。」
健人は床を軽く踏み鳴らした。
コン。
コン。
コン。
一か所だけ、音が違う。
空洞のような音だった。
「隠し通路だ。」
悠斗が思わず声を上げる。
「床の下に?」
健人は近くにあった燭台を持ち上げると、床板の隙間へ差し込んだ。
ギッ……
鈍い音を立てて床板が持ち上がる。
「開いた……!」
その下には、人ひとりがやっと通れる穴が口を開けていた。
石造りの階段が暗闇へ続いている。
美咲は昼間見つけたメモを思い出す。
『地下へ行ってはいけない。』
「地下……。」
誰も言葉を発しない。
「行くしかない。」
蓮が静かに言った。
霧島は強く首を横へ振る。
「駄目です!」
「また止めるんですか?」
悠斗が振り返る。
「もう隠さないでください!」
霧島は苦しそうに拳を握り締める。
「……地下には、黒薔薇家の秘密があります。」
「秘密?」
「ですが、皆様には関係ありません。」
「関係あります。」
美咲は真っ直ぐ霧島を見つめた。
「私たちはここへ招待され、一人いなくなりました。」
「誰かが私たちを狙っています。」
「それでも関係ないと言うんですか?」
霧島は何も答えられなかった。
長い沈黙のあと、小さく息を吐く。
「……分かりました。」
ゆっくりと懐から一本の古い鍵を取り出した。
銀色ではなく、黒ずんだ真鍮の鍵だった。
「この先には地下資料室があります。」
「黒薔薇家の記録が残されています。」
「ですが、一つだけ約束してください。」
霧島の表情は真剣だった。
「何があっても、一人では行動しないこと。」
その言葉に全員が頷く。
◇
石の階段をゆっくり下りていく。
空気はひんやりと冷たく、湿気を帯びていた。
天井からは時折、水滴が落ちる。
ポタ……。
ポタ……。
やがて階段は終わり、一枚の鉄の扉が現れた。
霧島が鍵を差し込む。
ガチャリ。
重い音とともに扉が開いた。
中は広い資料室だった。
天井まで届く棚。
ぎっしりと並ぶ古い帳簿。
新聞。
写真。
そして、壁一面に貼られた設計図。
「これが……。」
健人が設計図へ近づく。
館全体の見取り図だった。
しかし驚いたのは、その内容だった。
「隠し通路がこんなに……。」
赤い線で描かれた秘密の通路が、館中を蜘蛛の巣のようにつないでいる。
食堂。
客室。
談話室。
温室。
ほぼすべての部屋へ秘密裏に移動できる構造になっていた。
「だから……。」
美咲は昨夜の出来事を思い返す。
廊下の足音。
突然現れた黒い影。
消えた紗奈。
全部、この通路を使えば説明できる。
「幽霊じゃなかった……。」
結衣が静かに呟く。
その瞬間だった。
バタン!!
背後で鉄の扉が勢いよく閉まった。
「!」
全員が振り返る。
悠斗が扉へ駆け寄る。
「開かない!」
ガチャガチャとノブを回す。
びくともしない。
「誰か外にいる!」
蓮が叫ぶ。
廊下から、ゆっくりと遠ざかる足音が聞こえた。
コツ……。
コツ……。
コツ……。
そして。
ガチャン。
外から鍵を掛ける音。
館に閉じ込められた六人は、今度は地下資料室という密室へ閉じ込められたのだった。
さらに、美咲は資料室の机の上に置かれた一冊の日記へ目を留める。
埃を払うと、表紙にはこう書かれていた。
『黒薔薇 澪 日記』
美咲はゆっくりと、その日記に手を伸ばした――。
タッ、タッ、タッ――。
美咲の鼓動も、それに負けないほど激しく鳴っていた。
二階へたどり着くと、あの長い廊下は昼間とはまるで別の場所のように静まり返っていた。
さっきまで聞こえていた物音は、ぴたりと止んでいる。
「確かに、この辺から聞こえたよな。」
悠斗が息を整えながら周囲を見回す。
「立入禁止」の札が掛けられた扉。
その横に隠されていた秘密の通路。
どちらも何事もなかったようにそこにある。
「誰か、いるなら出てこい!」
健人が声を張り上げる。
返事はない。
館全体が息を潜めているようだった。
その時、美咲は床に小さな違和感を見つけた。
「これ……。」
廊下の赤いじゅうたんの上に、黒い泥が点々と落ちている。
雨の日に外を歩いた靴につくような泥だった。
「昨日まではなかったよね。」
結衣がしゃがみ込み、指先で触れる。
まだ完全には乾いていない。
「新しい。」
蓮も顔色は悪いまま近づいてくる。
「誰かが、さっきここを歩いたってことだ。」
泥の跡は廊下をまっすぐ進み、「立入禁止」の部屋の前で止まっていた。
「中に入った……?」
美咲が呟く。
だが扉には大きな鍵が掛かったまま。
開けられた形跡はない。
「おかしいだろ。」
悠斗が眉をひそめる。
「鍵は閉まってるのに。」
健人はゆっくりしゃがみ込み、床を調べ始めた。
彼は推理小説が好きで、細かな観察が得意だった。
「……待って。」
床板の継ぎ目に細い傷がある。
それも一直線に。
「この傷……。」
健人は指でなぞる。
「扉じゃない。」
「え?」
「床が動いた跡だ。」
全員が顔を見合わせた。
「つまり……。」
健人は床を軽く踏み鳴らした。
コン。
コン。
コン。
一か所だけ、音が違う。
空洞のような音だった。
「隠し通路だ。」
悠斗が思わず声を上げる。
「床の下に?」
健人は近くにあった燭台を持ち上げると、床板の隙間へ差し込んだ。
ギッ……
鈍い音を立てて床板が持ち上がる。
「開いた……!」
その下には、人ひとりがやっと通れる穴が口を開けていた。
石造りの階段が暗闇へ続いている。
美咲は昼間見つけたメモを思い出す。
『地下へ行ってはいけない。』
「地下……。」
誰も言葉を発しない。
「行くしかない。」
蓮が静かに言った。
霧島は強く首を横へ振る。
「駄目です!」
「また止めるんですか?」
悠斗が振り返る。
「もう隠さないでください!」
霧島は苦しそうに拳を握り締める。
「……地下には、黒薔薇家の秘密があります。」
「秘密?」
「ですが、皆様には関係ありません。」
「関係あります。」
美咲は真っ直ぐ霧島を見つめた。
「私たちはここへ招待され、一人いなくなりました。」
「誰かが私たちを狙っています。」
「それでも関係ないと言うんですか?」
霧島は何も答えられなかった。
長い沈黙のあと、小さく息を吐く。
「……分かりました。」
ゆっくりと懐から一本の古い鍵を取り出した。
銀色ではなく、黒ずんだ真鍮の鍵だった。
「この先には地下資料室があります。」
「黒薔薇家の記録が残されています。」
「ですが、一つだけ約束してください。」
霧島の表情は真剣だった。
「何があっても、一人では行動しないこと。」
その言葉に全員が頷く。
◇
石の階段をゆっくり下りていく。
空気はひんやりと冷たく、湿気を帯びていた。
天井からは時折、水滴が落ちる。
ポタ……。
ポタ……。
やがて階段は終わり、一枚の鉄の扉が現れた。
霧島が鍵を差し込む。
ガチャリ。
重い音とともに扉が開いた。
中は広い資料室だった。
天井まで届く棚。
ぎっしりと並ぶ古い帳簿。
新聞。
写真。
そして、壁一面に貼られた設計図。
「これが……。」
健人が設計図へ近づく。
館全体の見取り図だった。
しかし驚いたのは、その内容だった。
「隠し通路がこんなに……。」
赤い線で描かれた秘密の通路が、館中を蜘蛛の巣のようにつないでいる。
食堂。
客室。
談話室。
温室。
ほぼすべての部屋へ秘密裏に移動できる構造になっていた。
「だから……。」
美咲は昨夜の出来事を思い返す。
廊下の足音。
突然現れた黒い影。
消えた紗奈。
全部、この通路を使えば説明できる。
「幽霊じゃなかった……。」
結衣が静かに呟く。
その瞬間だった。
バタン!!
背後で鉄の扉が勢いよく閉まった。
「!」
全員が振り返る。
悠斗が扉へ駆け寄る。
「開かない!」
ガチャガチャとノブを回す。
びくともしない。
「誰か外にいる!」
蓮が叫ぶ。
廊下から、ゆっくりと遠ざかる足音が聞こえた。
コツ……。
コツ……。
コツ……。
そして。
ガチャン。
外から鍵を掛ける音。
館に閉じ込められた六人は、今度は地下資料室という密室へ閉じ込められたのだった。
さらに、美咲は資料室の机の上に置かれた一冊の日記へ目を留める。
埃を払うと、表紙にはこう書かれていた。
『黒薔薇 澪 日記』
美咲はゆっくりと、その日記に手を伸ばした――。