托恋 〜鳥ノ神は女中娘を翼に匿す〜

『長月』児戯


 飯事には普段やる分には何とも思わないけれど、他の誰かに見られたら恥ずかしい場面もある。
 例えば自分より幼い姿をした神様に、膝枕をされて哺乳瓶の玩具を吸わされている時とか。
 そしてわざわざそういう時に限って、他の誰かが見にきていたり、する。

「おンやまぁ、なーンて大きな赤ン坊なンでしょう」
「すっ」

 なぜ。どうして。
 いったい、いつから。
 にわかに湧き出た羞恥心で、顔が熱くなってくる。そんな私を笑うかのように、障子の隙間から覗く白銅の目が細まった。

 そして人形様はというと、恥ずかしがる私と違い、バードさんの来訪に対しブワリと冷たい殺気を膨らませた。
 バードさんのことが嫌いだと聞いてはいたけれど、まさかこれほどとは。私に向けられた殺気でないとはいえ、近くにいるだけで身体が凍り付きそうになる。

「なにしに来た、帰れ」
「なにって、お使いですよ、お使い。あ、チョイと失礼します」
「いやっいやっ!鳥は入って来ないで!」

 部屋に入るバードさんに向かって、人形様はいつも抱いている人形から頭や足を引き抜いて投げつけた。
 抜かれた部位は鋭利な錐になっていて、突き刺されば穴が開くのは間違いない。
 だがそんな危ない物が顔面目掛けて飛んできても、バードさんは笑顔のまま翼で軽くはたき落とした。

「オ〜オ怖や怖や。同じ屋敷で暮らす仲間に武器を向けるだなンて。血の通わない付喪神らしいですね」
「仲間?そんなこと、お前が一番、思ってない」
「まっさかそンな!共通の敵に好きなモノまで同じなンですよ。コレを仲間と言わずしてナンと言う!ア〜ア悲し悲し、おーいおいおいおい」
「ぎーっ!嘘泣き、うっとうしい!」
「に、人形様。どうか落ち着いてください」

 一度起き上がって、人形様に縋り付いて宥める。
 私の部屋で暴れるのは禁止されていないが、神様同士の争いは屋敷では御法度だ。大事になる前に止めないと。

「人形様、どうか」
「——————わかった」

 渋々、といった様子で人形様は引き抜きたての右足を、人形の胴体に戻した。
 床に落ちた他の手足や頭も、畳の上を這いずったり転がりながら胴体へと戻ってゆく。
 全ての部位が胴体に戻るのを確認したところで、私も人形様から身を離した。

「ごめんね。あなたの部屋で武器、抜いて」
「いえいえ、お気にならず。それで、バードさんはどういったお使いでこちらへ?」
「別に大したことじゃありませンよ。旦那様がそこの付喪神を呼んでいると、他の連中から聞きましてね。ならここじゃないかと探しに来ただけです」
「旦那様が?……わかった、行く」

 呼んでいる、という部分に人形様は一瞬、不機嫌そうに眉を顰め立ち上がる。
 そのまま行ってしまうのかと思いきや、突然首元に抱きつかれた。
 少し驚いたけれど、甘える子供のようなその動作に、つい微笑んで抱きしめ返す。

「どうされました?」
「……行くの面倒……すぐ戻れば、また遊んでくれる?」
「もちろん。夕餉までまだまだ時間はありますし、この後も私はここで待機していますから、焦らず行ってきてください」
「ん、わかった!」

 先程と打って代わり、人形様は勢いよく立ち上がって旦那様の部屋へと走り出した。
 すれ違い様に、バードさんに向かってベェっと舌を出す。
 その態度に対し、バードさんは人形様の背を眺めながら首をゴキリと鳴らした。
 これは彼が、不機嫌な時によくやる仕草だ。

「今の、ご覧になりました?なぁンて餓——遠慮のない方なンでしょう。ああいうのとはあまり、二人きりにならない方がいいですよ。気を付けないと、今度はお嬢さんの顔に穴が空いてしまうやも」
「バードさんが煽るから、あんなに怒ってらしたんですよ」
「あーらぁ?アタクシがいつ、煽りました?ただ普通に挨拶しただけだと言うのに」
「無自覚なら、そっちの方がもっとタチが悪いです」

 ヨヨヨとまた嘘泣きをするバードさんを横目に、辺りに散らばっている玩具を箱に片付けていく。
 以前、人形様に「バードさんは優しい神様ですよ」と言ってしまったのが申し訳なくなってきた。

(確かにこんな態度じゃ嫌われても仕方ない……でも普段は本当に優しいのに、今日はどうしたんだろう?)

 気になって、片付ける手を止めバードさんの方へ首を向ける。

 が、視界いっぱいに広がる鮮やかな青と柿色に、押し潰された。

「おっ、おおお!?」

 フワフワかつ滑らかである。その素晴らしい肌触りで、自分がバードさんに伸し掛かられている状態なのを今気付いた。
 しかし暑い。この体制、とにかく暑い。
 多少息苦しくても冬場ならこんな体勢でも我慢できるが、今はまだ九月だ。
 なんとか抜け出したくて、失礼を承知で身をよじる。
 両腕の上にバードさんの脚が乗っているせいで完全に抜け出すことはできない。
 それでもとりあえず、顔だけは外に出すことが、できた!

 いつもの部屋の空気が、新鮮に感じる。
 ゼェハァと息を整えていると、もったりした笑顔で私を見下ろすバードさんと目があった。

「これは、どうするのが正解でしょうか?」
「アハハハハハまぁまぁそう固くならずに。さっきの飯事の続きですよ、続き」
「続き——ああ!じゃあ私、今は雛なんですね」
「正解です。だから雛は雛らしく、そこでジィっとしていてくださいね」

 はえぇなるほど、そういう遊びだったのか。
 納得していると、翼の関節で再び羽根の中へと頭を押し戻された。
 ジィッとしていて、と命じられたからには女中としてジィッとするしかない。
 とはいえ何度も繰り返すが、この中はとても暑い。
 着物の中でじんわりと太腿の間や背中が汗ばんできて気持ちが悪いし、さっきまでなんともなかった羽根が、時折くすぐるように手足や首を撫でてくる。
 薫衣草の良い香りに慰められるが、とてもじゃないけど耐えられない。

「ば、バードさん。私ちょっと、この体勢が辛くてですね」
「ヤンチャな雛鳥だ。誰がいつ、出てきてもいーよと言ったんです?」
「あっうぉっやめて、しまうのやめて」

 無慈悲にもまた、押し込まれる。
 そんなやり取りを五・六回ほど繰り返してから、あることに気付いた。

「あの、もしかして、なんですが。私に何か怒ってます?」
「——アラ、どうして」
「今日のバードさん、いつもよりなんだか口数が少ないように感じて」

 返事はない。はたして当たっていたのか、外れていたのか。
 動かずに待つこと数分。「ハァ〜〜〜」と絞り出すような溜めと同時に、身体の上からバードさんが退いた。
 すっかり汗みずくになった身体が、一瞬でヒヤリと冷える。それを察したのか、私を助け起こすついでに翼で軽く抱き寄せてくれた。
 助かった、丁度いい温度だ。こんなことすると不敬ではと思いつつも、黙ってバードさんの胸に顔を寄せた。

「で」
「へ?で?」
「なンでアタクシが怒っているのか、わかりました?」
「あーーーー……」

 頭の中で、多分これじゃないかなと思うものをズラっと並べてみる。

 ・犬様か猿様と喧嘩をした
 ・旦那様に嫌なことを命じられた
 ・羽根が一気に抜けた
 ・転んだ
 ・爪が少し欠けた……等々

 正直どれも違う気がする。とはいえ「わかりません」としか返せないのは恥ずかしいので思いついたことを全部、上げた。
 それに対し、バードさんは「違いますよ」と意地悪く笑って私を抱く力を強めた。
 体勢を変えただけの、さっきの温め祭りの再開である。

「むーっ!んっ、ああ暑い!!」
「罰ゲームついでにタイトル回収まで済ましてしまうだなンて、アタクシってば本当にデキる神ですねぇ」
「た、たいとる?」
「ああ失礼、こちらの話です。とはいえ、早く気付いてくれないお嬢さんもお嬢さんだ。ンマァぶっちゃけたことを言うとですね、気に入らないンですよ。お嬢さんが他の神と一対一でいることが」

 ハッとして両手を突いて、バードさんを見上げる。
 酷く優しげな声音に反し、彼の瞳は全く笑っていなかった。
 
「それは大変、申し訳ございませんでした。ですが私は、旦那様から屋敷で暮らす全ての神様のお世話を命じられておりまして」
「わかっています。けれども……ンー、何と言っても良いのやら……」
「?」
「ムー」

 眉間に皺を寄せ、天井を仰ぐ。初めて見る、バードさんが困っている姿だった。
 
(いったいバードさんは、私が人形様と遊ぶことの何が気に入らないのだろう?)
(もしかすると、人形様のことが好きなのだろうか。あんなに怒らせる様なことを言っていたのも、構って欲しくて出たモノなのかもしれない)
(それかひょっとすると、わ)
 
 それ以上は不敬だ、やめろ。無礼も甚だしい。
 
 でももし、そうだとしたら——なんて、嬉しいことなのだろう。

 胸の奥が、灯りがついたようにチカチカする。

 旦那様に祝言の約束をされた時でもこうはならなかった。不思議、あの時も確かに嬉しかったはずなのにどうして。
 
(いや本当は祝言云々よりも、誰かの一番になれたことの方が嬉しかったのかもしれない)

 だとすると私は酷い女だ。
 その気も無いのに、浮かれて返事をして。
 これでは旦那様に疎遠にされても、仕方がないはずだ。
 
 自嘲から、フッと笑みが溢れる。
 
「あ、笑ってらっしゃる。アタクシが嫉妬しているのが可笑しいって言いたいンでしょうか〜?ン〜〜?」
「っ!ぐぉっ、ち、違います!おっおおお潰れる潰れるっ」
「もういっそのこと、翼の中でお嬢さんを飼うというのもアリですね。いやなに、ご心配にはおよびませン。ちゃあンと躾けてあげますよ」
「仕事が出来なくなります!」
 
 ◇
 
 結局その後。帰ってきた人形様がバードさんに向かって再び錐を投げつけるまで、翼に包まれていた。
 
 その時に身体中に染み付いた彼の薫衣草の香りは風呂に入っても三週間は取れず、そのせいで色んな神様に出会い頭に嫌ーな顔をされた。

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