托恋 〜鳥ノ神は女中娘を翼に匿す〜

『神無月』襲撃ランデブー 前編

 神々の殆どが、島根の雲州大社に集まる神無月。

 もちろんこの屋敷にいる神々も——いや、留守神を務める厨様を除いた全員が、毎年約八日間ほど雲州大社に向かうことになっていた。

 故にこの期間だけは神々の力を借りることが出来ないので、幽鬼狩りは休みになる。
 その間、旦那様は雲州大社近くの旅館を貸し切って行われる術師の研修(という名の旅行)に行ってしまう。

 厨様と私しかいない屋敷は、一気に静かになって寂しいけれど、この期間は私にとっても楽しみなものだった。
 日頃から気になっていた場所を徹底的に掃除しても「邪魔だ」と怒られないし、厨様は毎日私がお願いした料理を作ったり教えたりしてくれる。

 だから今年は厨様になんの料理をお願いしようかな——と、眼前に所狭しと吊られた着物を眺めながらそう思った。

 辻が花、牡丹、七宝、御所車に檜扇等々、さながら着物の森である。

 大人しく座したまま待機していると、森の奥から複数の熱のこもった声が聞こえてきた。
 近づく気配に改めて姿勢を正せば、着物の合間がジャッと開かれ、女神様方が悩ましげに話しながら現れた。

「確かに赤朽葉は良い色だけれど、私の顔には地味すぎるかしら……でも竜胆は去年も着て行ったし……」
「鹿角の帯留めなんてしてったら、鹿ノ神怒るわよね……でも珊瑚にしたらしたで、珊瑚ノ神が煩いのよ……」
「やっぱり、最近流行りの編上げ靴に合わせて……いやでも、草履の可愛さも捨てがたいわ……」
「全通柄の帯にするなら、着物は無地にしないと……でもこの京友禅はかなり目を惹くわね……」

「ねぇ、あなたはどう思う?」

「スッ……えーーとですね」

 まただ、またこれだ。
 両手に持った着物や草履や帯留めや帯を、神妙な面持ちでずいっと見せてくる女神様方に、疲れてきたのがバレないようゆっくりと笑顔を作る。
 部屋に引きづり込まれてからもうかれこれ二時間ほど、こんな調子で雲州に着て行く着物選びに付き合わされていた。

「瑪瑙様は、お髪の色が派手ですから、寧ろ煉瓦色なんかがよく似合うと思いますが……」
「もっと地味な色になってるじゃない、却下」
「真珠様は、無地の黒帯にされるなら、ご自身と同じく輝きの強い真珠の帯留めの方が……」
「意外性が無いわ、却下」
「翡翠様は、履き慣れない靴で行くよりも、履き慣れた草履で行く方が移動も楽しめるのでは……」
「あたしは靴擦れするような変な歩き方してないわよ、却下」
「黄玉様は、柄物の着物と帯を合わせるのでしたら、同じ柄でももう少し落ち着いた色にされるのは……」
「年寄りみたいじゃないの、却下」

「さいですか」

 全然駄目ね、とでも言いたげに女神様方は溜め息をつく。
 一応、聞かれる度に頑張って私なり考えて言っているのだけれど、この五年間たった一度も私の意見は取り入れられたことは無かった。

「じゃ、また選び直してくるわね」
「ちょっえっ」

 衝撃の言葉に、足の痺れも忘れて立ち上がる。

 薄々嫌な予感はしていたが、やはり新たに顕現された真珠様が加わったことで、選ぶ時間が確実に去年よりも増えている——

「あらあら、まだ選んでいらっしゃるの?あまり考えすぎては、かえって可笑しな格好になってしまいますよ」

 軽やかな秋風と共に、優しい声が背後から流れてきた。
 この部屋の主である、衣ノ様だ。
 良かった、やっと用事から戻って来てくださったのだ。
 思わず胸を撫で下ろす。
 衣服に関して私よりも遥かに知識のある彼女が来たのだ。晴れて、全然駄目な私はお役御免になれるだろう。

「やだ、もう帰って来ちゃったの」
「早すぎるわよ〜アタシ達まだ、肌襦袢しか決まっていないんだから」
「二時間経ってもそこまでなら、完全に迷いすぎです。なんなら私が選びましょうか?」

 薄黄檗の着物に、大和柿の菱紋が入った九寸名古屋帯。銀細工の丸々とした小さな羊が収まった帯留めは非常に可愛らしく、御顔にある少し太めの黒縁眼鏡は鼻筋を際立たせている。
 端正にまとまっていて、その姿は『優雅』の一言に尽きる。
 流石は衣ノ様。服を仕立てるだけでなく、組み合わせるのも完璧だ。これなら選ぶ物の全てが派手で華美すぎる瑪瑙様達も納得できる、良い着合わせを選んでくれるだろう。

 しかしその提案に瑪瑙様達は、複雑そうな表情を浮かべた。

「それはありがたいんだけど……」
「衣ノに聞くのはちょっと狡いって言うか……」
「あまり他の神に見せびらかしにくくなるし……」
「自分で選ぶ楽しみが減るのよね……」

 なるほど。どうやら衣ノ様に着合わせを頼むのは、女神様界隈では反則らしい。
 理由は恐らく『衣ノ神に負けないくらいの着合わせを自分で考えたい』のと『お洒落した姿を「衣ノに頼んだんでしょ」と言われた時に「残念、自分で考えたのよ」と返したいが為』と見た。
 そういえば八月に行った祭りも『見栄』から始まったと、バードさんが言っていた。
 神々には私達人が思っている以上に、見栄っ張りな方が多いのだろうか。

「そうですか。まぁ八つ時までにはまだ時間はありますし、それまでならゆっくり選んでいただいても構いませんよ」
「本当!?」
「ありがとう!」
「流石は衣ノ!」
「じゃあもういっぺん行って来るわね〜」

 オホホホ、オホオホホ。笑い声を響かせながら、女神様方は再び森の中へと駆けてゆく。
 その声がすっかり聞こえなくなる頃に、衣ノ様の方をチラッと伺う。
 すると少し申し訳なさげに眉を下げて「付き合わせてしまって、ごめんなさいね」と謝られた。

「あの方達ときたら、全く。いつも強引なんですから」
「そんな、滅相もない。お呼びいただけて光栄でした」
「でも本音を言うと、お疲れでしょう?」
「……実は足が痺れたのと、私の意見が全く駄目すぎて恥ずかしいので、少し」
「あなたの見立ては、とても素晴らしいものでしたよ。実用的で身の丈に合っていて。寧ろ図星だったからこそ、彼女達も突っぱねたのでしょう」
「ありがとうございます。衣ノ様にそう言っていただけると、自信になります」

 言いながら、だらしなくモニョついた口元を隠すよう頭を下げる。
 衣ノ様は優しい方だから、今のは気を使って褒めてくれただけかもしれない。それでも、抑え切れないくらいに嬉しかった。

「うふふ。良かったら今度、私の衣装選びにも付き合ってくださいね。若い方の意見は、やはり貴重ですから」
「若い、と言っても今の流行に関してはからきしですよ。お役に立てるとはとうてい思えませんが」
「そこをなんとか、助けると思って。色んな方の意見から勉強しておかないと、後任の神達に笑われてしまいます」
「後任?」

 神様にも、前任後任の概念があるのだろうか。
 バードさんが、バードさんよりも大きな鳥に頭を下げている姿を想像してみる。

(……ちょっと可愛いけど、あんまりしっくり来ないな。どっちかといえば、寝首をかく方が似合いそう)

 上手く想像出来ず、唸っている私の姿に、衣ノ様は少し微笑んだ。

「そう、後任。あまり知られていませんが、実は私達神は交代制なんですよ。まあ日ノ本が出来てから今日まで、一度も交代していない神もいますが」
「じゃあ衣ノ様は、衣ノ神になる前はどんな神様だったんですか?」
「私?私は錦ノ神でした。他には麻ノ神や木綿ノ神、束帯ノ神や単衣ノ神もいましたね。衣服を取りまとめる衣ノ神を目指して、皆で毎日研鑽に励んだものです」
「——選ばれなかった神様や、交代した神様は、その、どうなるんですか?消えちゃうなんてことは……」

 勝手に、不安に思ってしまった。
 どの神様も皆んな、そうなのだろうか。
 顔に出ていたのか、衣ノ様は慌てたように両手を振って「なりませんよ」と否定した。

「ただ選ばれなかっただけで、消えたりなんてしませんし、後任に譲ってもまた元の綿ノ神に戻るだけです」
「よ、良かったです。皆様が消えてしまうんじゃないかと想像したら、嫌で怖くて」
「ああ、ごめんなさいね。心配をかけて……ヨシヨシ」

 抱き寄せられ、頭を撫でられると、不意に涙が溢れ出した。
 自分はこんなに、涙脆かっただろうか。不安だったのは事実だけれど、突然の涙に驚いてさらに涙が止まらなくなる。

 暫くそのまま、衣ノ様の胸で泣いた。

 ◇

「ややっ、煮豆だ。良〜ですね〜」
「バードさん、おかえりなさい」

 煮豆の番をしていると、背後からバードさんが覗き込んできた。
 私の両肩にかけられた翼は赤く、出会った頃の冬羽に変わっていた。
 以前言っていたとおり、夏羽は九月で終えてしまったのだろう。
 羽根が頬をくすぐる感触に、どうしても先月の出来事を思い出してしまう。
 少し胸がドキリと鳴ったのを隠す為に「良かったら、味見をお願いできませんか」と尋ねてみた。

「構いませんが、よろしいので?」
「大丈夫ですよ。湯ノ様も来るたび味見されてますし」
「ジャ、遠慮なく」

 あーんと開いたバードさんの口に、煮豆を一粒取って、少し冷ましてから入れてあげる。
 暫く咀嚼した後、いつもかっぴらかれている目が、さらに今にもこぼれ落ちそうなほど開かれた。

「こ れ は美味いっ!お嬢さんったら、また腕を上げられましたね!?濃すぎず薄すぎず、ンもう最高ですっ!」
「良かった。じゃあ後はこのまま、豆が煮崩れないようにして……厨様にみていただくだけですね」
「いやぁ、コレなら奴も文句は言えますまい。カァ〜〜夕餉がさらに、楽しみになりましたよ」

 そこまで褒められるとは。嬉しさのあまり、もう一粒取ってバードさんに差し出す。
 ニィイと笑って煮豆に食いつく姿は、なんだか子供のようで可愛い。
 さらに言えば、蓋をして火から下ろした煮豆の鍋を、味見をしたのにまだ物欲しそうな目で追っている姿はもっと可愛いかった。

「そういえば、今日の出撃はどうでした?」
「アタクシの方はなンとも。非常につまらないモノでしたよ。ただ、旦那様と行動していた連中は、何やら拾い物をしたようですね」
「拾い物?」
「エエ。とはいえアタクシ達が合流する前に、旦那様連中が先に帰った所為で、それを見たわけじゃありませンが」
「へぇ……」

 よく出撃先で買い物をした話は聞いたことがあるけれど『出撃で拾い物をした』とは初めて聞く話だ。
 最も、先代や先々代と全ての出撃内容を把握しているわけではないし、ひょっとしたら私が知らないだけで今までもそんなことがあったのかもしれないが。

「ところでお嬢さん、アタクシに何か言うことがあるンじゃないでしょうか?」
「はて、なんでしょう、それは」
「誤魔化しても無駄ですよ。ホラホラホラ、こことココ。泣いた跡がある」
「ぎ、ぎくっ」
「可愛そうに、誰に泣かされたのか言いなさい。アタクシが挽肉にして差し上げます」
「いやこれ自分の所為なので、その調子で行くと挽肉にされるのは私になるんですが」

「ぎゃあああああああ!離して!離してーっ!」

 耳をつんざくような悲鳴が、厨に飛び込んできた。

 決して、バードさんに挽肉にされている私の悲鳴ではない。しかも聞いたことのない声だ。

 ギョッとして入り口の方へ振り返れば、早足で戻ってきた厨様の手に、さっきと同じ悲鳴を上げている白兎がいた。
 フワフワの毛に、碧玉の勾玉飾りを幾つも付けている姿は神聖さを感じる。
 が、厨様に容赦なく両耳を掴まれ、脚を必死にパタパタ動かしながら垂れ下がっている有様はなんだか愉快で面白かった。

 そんな白兎に対し厨様は何も言わずに、夕餉に出す汁物の鍋の蓋を取り——

「厨様っ!駄目です!」

 躊躇なく鍋に白兎を放り込もうとした手を、寸前のところで掴む。
 危ない危ない、もう少し遅ければ台無しになるところだった。

「助けて!助けてーーっ!」
「離せ」
「離しません。料理は下処理が大切だと、私に教えてくれたのは厨様ですよ」
「助け——えっ」
「……」
「出しゃばるようですが、血抜きも毛皮と内臓の除去もせずに、美味い兎汁が作れるとは私には思えません。厨様がされないならどうか、私に下処理をさせてください」

 そう言って、深く頭を下げた。
 食に関して厨様に意見をするだなんて、不敬にも程がある。
 とはいえ、今の厨様からはいつもの冷静さが全く感じられなかった。

 頭を上げ、厨様の様子を伺うこと数秒。
 厨様は珍しくフッと口元を緩め、白兎を鍋から離した。

「お前の言う通りだな。すまない、こいつは私が下処理を済ませて来る」
「いいえ、出過ぎた真似をいたしました。味噌と生姜の用意をしますね」
「頼む」
「——ぬおおお!食われてまたるかっ、トウッ!」
「あ、逃げた」

 『耳が千切れてもかまわんっ』とでも言うかの勢いで、白兎は身体を捻りに捻って厨様の手から飛び出した。

 その勢いのまま回転しながら、机の上に着地する。

「すみませんが、土足で机の上に立つのはやめて下さい。そこも調理で使う場所なんです」
「黙れ小娘!助けると思えば、下処理の催促なんぞしおってからに!お前は鬼か!」
「いえ人間です」
「ア、ア、アタクシ、もう駄目っ、もう限界っ!ダハハハハッ!ダァーーハッハッハッハッハッ!」

 辛抱たまらん、と言わんばかりにバードさんがお腹を抱えて笑い出した。
 涙まで流すその姿は結構な迫力がある。
 暫く眺めていれば、ヒィヒィと笑いを引きづりながら私の左肩に翼を置いた。

「お、ヒィ、お嬢さん貴女っ、この兎がなンの兎か、ヒィ、わかってます?」
「いえ、なんか喋る兎だとしか。あひょっとして、兎ノ神様だったりします?」
「いえいえ、そこまで大層な者では御座いませンよ。とはいえ、雲州大社の使いの白兎を食べようだなンて貴女もう、罰当たり過ぎてダハハハハ!」
「雲州大社の、使い」

 厨様の持ち方からからてっきり、食材にする兎だとばかり思っていたが……まさかそれほど神聖な存在だったとは。

 驚きすぎて、空いた口が塞がらない。
 そんな私に気を大きくしたのか、白兎はフンッと鼻で笑って仰反った。

「全く、幽鬼狩りの屋敷に勤めていてワタシが何かもわからないとは!無知にも程がある!」
「大変申し訳ございません」
「ええい許すものかっ!お前のことは我が主『国ノ神』様に報告して何かしらの罰を与えて——もらおうかなと思いましたが、その、ねぇ〜流石にね、そんな大人気ないことしませんよ、エヘヘ。勘違いさせてしまったワタシが悪うございましたから……そんな、怖い顔なさらないで……」
 
 白兎は完全に、自身を黙って見下ろすバードさんと厨様に怯えていた。

 私からだと二柱の背中しか見えないが、どうやら相当怖い顔をされているらしい。
 
「厨ノ神、もし良ければ此奴の下処理はアタクシに任せてくれませンか?バラバラに引き裂くのは得意ですよ」
「珍しく気が合うな。良いだろう、お前の爪を存分に味合わせてやれ」
「いやーっ!いやーっ!そこの娘様どうかっ!お助けを!」
「ああ……そういえば厨様は最初どうして、兎様に怒っていたんですか?」
 
 咄嗟に口から出たのは、その疑問だった。

 私の疑問に、厨様はバードさんと並んで勝手口へ向かう足を止め、振り返った。
 半面越しであっても、苦々しい顔をしているのがよくわかる。
 
「……この兎が余りにも勝手なことを言うから、頭にきたんだ」

「勝手な?」
 
「ああ勝手だ——『今年の神無月は大社に来い』——だなんて」
 



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