笑顔の仮面は君の前だけ壊れる

消えた噂

昼休みが終わる頃、美咲が私の腕を軽くつかんだ。

「少しだけ、時間ある?」

人気のない非常階段まで来ると、美咲は何度も周囲を確認してから口を開いた。

「朝比奈さんのこと……みんな『優しい人』って言うでしょ?」

私は頷いた。

「でも、前にも同じように仲良くなった女性社員がいたの。」

「えっ……?」

「すごく大切にされてた。でも、ある日突然退職した。」

「退職?」

「理由は誰も知らない。」

会社では「家庭の事情」とだけ説明されたらしい。

だけど、美咲は小さく首を振った。

「その人、辞める前に言ってたの。『誰かに見られてる気がする』って。」

思わず背筋が冷たくなる。

「まさか……。」

「証拠はない。でも私は、あの人のあの顔が忘れられない。」

その瞬間、非常階段の扉が静かに開いた。

「こんなところにいたんだ。」

聞き慣れた優しい声。

朝比奈さんだった。

「午後の会議、始まるよ。」

いつもの笑顔。

いつもの穏やかな声。

なのに私は、美咲の震える手が私の袖を強く握りしめていることに気づいた。

その手は、小さく震えていた。
< 4 / 30 >

この作品をシェア

pagetop