君島准教授、ちょっといいですか。
第3話 親の期待に応えたい学生
なんとなくここまで来てしまったけど。
この扉一枚の壁が、厚い。
大学のキャリアセンター。
ガラス越しに職員と話す学生が見える。
たった一枚の隔たりなのに、中の学生と僕とではとんでもなくかけ離れているように思う。
はぁ。
扉から少し離れる。
……やっぱりやめよう。
そう思って歩き出したのに、気づけばまたキャリアセンターの前まで戻ってきていた。
僕の行動はきっと相当怪しかったのだろう。
「入らないの?」
通りかかった君島先生が首を傾げている。
「あ、えっと」
「相談?」
「多分」
「多分?」
「……何を相談すればいいかわからなくて」
「そう」
「……」
気まずい。
失礼します、と僕が言うより先に、
「歩く?」
「え?」
君島先生が僕を目で誘った。
キャンパスをゆっくり歩く君島先生の隣をとぼとぼ歩く。
先生は何も話さない。
ふとリクルートスーツの学生が目に入った。
みんな、ちゃんと就活してるな。
僕の視線の先に気付いたのか、
「焦ってる?」
君島先生は前を向いたまま尋ねた。
「うーん……まあ、はい」
「人は順調そうに見えるよね」
「はい」
グラウンドから笑い声が聞こえる。
君島先生はそちらにちらりと目を向けた。
「先生は就活、どうだったんですか?」
「僕は研究室に残って、そのままなんとなく先生になっちゃったからね」
「でも、今は好きな仕事なんですよね?」
「まあ、そうだね」
「いいな」
ぽつりと漏れた。
君島先生は黙っている。
だけど、時折垂れ下がる長い前髪をかき上げながら、いつの間にか僕の歩幅に合わせてくれていた。
「あの」
「ん?」
「公務員って、どう思います?」
「どうって?」
「まあ、仕事として」
「あー。どうだろう、僕も公務員やったことがないからわからないけど、安定はしてるよね」
「そうですね」
「公務員になりたいの?」
「いや、なりたい、というわけでも」
「ん?」
「だからってなりたくないわけでもなくて」
「うん」
僕は小さく息を吐き、
「親が」
とだけ言った。
「あー」
「まあ、なってほしいと」
はあぁ。
大きなため息が漏れた。
「親が公務員で。先生が言ったとおり、なんだかんだやっぱり安定してるから受験しろ、って」
「なるほど」
「僕も地元に帰ろうとは思ってて。地元は田舎だから、まあ確かに公務員はありかなとも思うけど」
「うん」
「やりたい仕事か、って言われると自分でもわからなくて」
「うん」
「でも一応勉強はしてるという……」
ほんと中途半端だよな。
だけど。
「親の気持ちもわからないわけでもないし。僕のことを考えてくれてるのがわかるから」
「うん」
「だから、どうしてもやりたいことがあるわけでもないのに断るのもなんか……」
だんだん声が小さくなる。
「期待されるのってありがたいことなのに、なんでこんなに苦しいんでしょう」
ずっと体の中にあったもやを吐き出してしまった。
口にしてしまった。
なんだろう、この罪悪感。
「君は……期待に応えたい?」
「はい」
「どうして?」
どうしてだろう。
すぐには答えが出なかった。
「……やっぱ、県外の私大に進学させてもらってるし。それだけお金かけてもらってるし」
「うん、ありがたいことだよね」
「はい」
そう。
父も母も働いていて、忙しそうにしているのをずっと見てきた。
僕のために稼いでくれているのを知ってるから。
期待を裏切りたくない。
「君の親御さんは、君が公務員になったら喜びそう?」
「はい」
「君は?」
「……」
僕は……
「わからないです」
「そっか」
君島先生は静かに歩く。
学生たちの楽しそうな声が聞こえる。
僕らの周りだけしんとしてる気がする。
すると、
「僕はね、期待に応えたい気持ちも、自分の気持ちも、どっちも大事だと思うよ」
そう言って、君島先生は微笑んだ。
「じゃ、僕そろそろ会議だから」
「あ、はい。ありがとうございました」
そう言って頭を下げているうちに、君島先生は足早に去っていった。
「あ、やば」
なんて呟きながら。
この扉一枚の壁が、厚い。
大学のキャリアセンター。
ガラス越しに職員と話す学生が見える。
たった一枚の隔たりなのに、中の学生と僕とではとんでもなくかけ離れているように思う。
はぁ。
扉から少し離れる。
……やっぱりやめよう。
そう思って歩き出したのに、気づけばまたキャリアセンターの前まで戻ってきていた。
僕の行動はきっと相当怪しかったのだろう。
「入らないの?」
通りかかった君島先生が首を傾げている。
「あ、えっと」
「相談?」
「多分」
「多分?」
「……何を相談すればいいかわからなくて」
「そう」
「……」
気まずい。
失礼します、と僕が言うより先に、
「歩く?」
「え?」
君島先生が僕を目で誘った。
キャンパスをゆっくり歩く君島先生の隣をとぼとぼ歩く。
先生は何も話さない。
ふとリクルートスーツの学生が目に入った。
みんな、ちゃんと就活してるな。
僕の視線の先に気付いたのか、
「焦ってる?」
君島先生は前を向いたまま尋ねた。
「うーん……まあ、はい」
「人は順調そうに見えるよね」
「はい」
グラウンドから笑い声が聞こえる。
君島先生はそちらにちらりと目を向けた。
「先生は就活、どうだったんですか?」
「僕は研究室に残って、そのままなんとなく先生になっちゃったからね」
「でも、今は好きな仕事なんですよね?」
「まあ、そうだね」
「いいな」
ぽつりと漏れた。
君島先生は黙っている。
だけど、時折垂れ下がる長い前髪をかき上げながら、いつの間にか僕の歩幅に合わせてくれていた。
「あの」
「ん?」
「公務員って、どう思います?」
「どうって?」
「まあ、仕事として」
「あー。どうだろう、僕も公務員やったことがないからわからないけど、安定はしてるよね」
「そうですね」
「公務員になりたいの?」
「いや、なりたい、というわけでも」
「ん?」
「だからってなりたくないわけでもなくて」
「うん」
僕は小さく息を吐き、
「親が」
とだけ言った。
「あー」
「まあ、なってほしいと」
はあぁ。
大きなため息が漏れた。
「親が公務員で。先生が言ったとおり、なんだかんだやっぱり安定してるから受験しろ、って」
「なるほど」
「僕も地元に帰ろうとは思ってて。地元は田舎だから、まあ確かに公務員はありかなとも思うけど」
「うん」
「やりたい仕事か、って言われると自分でもわからなくて」
「うん」
「でも一応勉強はしてるという……」
ほんと中途半端だよな。
だけど。
「親の気持ちもわからないわけでもないし。僕のことを考えてくれてるのがわかるから」
「うん」
「だから、どうしてもやりたいことがあるわけでもないのに断るのもなんか……」
だんだん声が小さくなる。
「期待されるのってありがたいことなのに、なんでこんなに苦しいんでしょう」
ずっと体の中にあったもやを吐き出してしまった。
口にしてしまった。
なんだろう、この罪悪感。
「君は……期待に応えたい?」
「はい」
「どうして?」
どうしてだろう。
すぐには答えが出なかった。
「……やっぱ、県外の私大に進学させてもらってるし。それだけお金かけてもらってるし」
「うん、ありがたいことだよね」
「はい」
そう。
父も母も働いていて、忙しそうにしているのをずっと見てきた。
僕のために稼いでくれているのを知ってるから。
期待を裏切りたくない。
「君の親御さんは、君が公務員になったら喜びそう?」
「はい」
「君は?」
「……」
僕は……
「わからないです」
「そっか」
君島先生は静かに歩く。
学生たちの楽しそうな声が聞こえる。
僕らの周りだけしんとしてる気がする。
すると、
「僕はね、期待に応えたい気持ちも、自分の気持ちも、どっちも大事だと思うよ」
そう言って、君島先生は微笑んだ。
「じゃ、僕そろそろ会議だから」
「あ、はい。ありがとうございました」
そう言って頭を下げているうちに、君島先生は足早に去っていった。
「あ、やば」
なんて呟きながら。