年の差を超える恋歌
収録が終わり、楽屋へ戻ろうと歩き出した愛斗の背中に、柔らかな声がかかった。
「末山さん、ちょっと待って」
振り返ると、澤田知可子が穏やかな笑みを浮かべて立っていた。慌てて足を止めると、「よかったら記念に一枚、写真を撮りましょうか」と誘ってくれる。スタッフに頼んでシャッターを切ってもらい、二人で並んだ一枚は、愛斗にとって何よりも大切な宝物になった。
その後、楽屋の前で少し話し込んでいると、一緒にいた明子が「旦那が迎えに来てるから、先に失礼するわね」と手を振って帰っていった。残された二人だけの空気に、愛斗は胸の高鳴りを抑えながら、勇気を振り絞って口を開いた。
「知可子さん、実は昔からずっとファンで、今日こうしてお話できるなんて夢のようです。もしよかったら……この後、食事でもご一緒していただけませんか? ダメ元でお願いします」
少し緊張した様子で頭を下げる愛斗に、知可子はくすりと笑って、柔らかく頷いた
「ええ、構わないわ。せっかくの機会だもの、ゆっくり話しましょう」
二人はそのまま街へ出て、落ち着いた雰囲気の居酒屋へと向かった。個室に案内され、メニューを開くと、知可子は豊富なお酒の種類に目を輝かせ、「こんなにたくさんあるのね、嬉しいわ」と楽しそうに選んでいく。料理とお酒が運ばれてくると、音楽の話や昔の思い出、日常の些細なことまで、時間が経つのも忘れて話し込んだ。気づけば三時間が過ぎ、帰る頃には店員に頼んで、二人でまた記念の一枚を撮ってもらった。
支払いを済ませて店を出ると、夜風が二人の頬をなでる。
「知可子さん、今日は本当にご馳走様でした」
「どういたしまして。私こそ楽しい時間をありがとう」
知可子が帰ろうと背を向けた瞬間、愛斗は思わず彼女の腕をそっとつかんで呼び止めた。
「どうしたの?」
愛斗は一度目を伏せ、心臓の鼓動が速くなるのを感じながら答えた。
「……なんでもないです。おやすみなさい」
そんな彼の様子を見抜いたように、知可子は優しく問いかける。
「愛斗くん、本当は話したいことがあるんでしょう? 遠慮しないで言ってちょうだい」
愛斗は覚悟を決め、まっすぐに彼女を見つめた。
「……まだ、知可子さんと一緒にいたいんです」
知可子は少し驚いたように目を瞬かせる。
「え?」
「迷惑ですよね、すみません……」
慌てて謝ろうとする愛斗の手を、知可子は柔らかく握り返した。
「迷惑なんて、全然。いいわよ。私も同じことを思っていたの」
「本当ですか?」
「うん」
二人はタクシーを拾い、愛斗の住むマンションへと向かった。部屋に入ると、柔らかな明かりの中で、愛斗は改めて知可子の前に立った。
「知可子さん、私は……ずっと憧れていただけじゃなく、もっと近くで、あなたを愛したいと思っています。よかったら、私と付き合っていただけませんか?」
知可子は静かに瞳を細め、微笑みを浮かべて頷いた。
「はい、私でよければ……よろしくお願いします」
両思いだとわかった瞬間、愛斗はそっと知可子を抱き寄せ、柔らかく唇を重ねた。そして、これまで募らせてきた想いを込めて、ゆっくりと彼女を抱きしめ、二人だけの夜を過ごした。

翌朝、朝日がカーテンの隙間から差し込む頃、二人は目を覚ました。それぞれに仕事があるため、慌ただしく身支度を整えながら、LINEの連絡先を交換し、「またすぐ会いましょう」と約束して家を出た。

愛斗はそのまま事務所へ向かい、通常の仕事に取り掛かった。一方の知可子は、別の音楽番組「関根勤の歌謡ステージ」に出演する予定だった。

収録が進み、ゲストインタビューのコーナーが始まると、知可子のほかに辛島美登里、明子らが並び、「鞄の中身チェック」という企画が始まった。美登里、明子の順番が終わり、最後に知可子の番になったとき、司会の関根勤がにっこり笑って、昨日撮った居酒屋での二人のツーショット写真を掲示した。

「おや、これはどなたですか? 澤田さんと一緒に写っていますね」

「えっ、これは……二人で食事に行ったってこと?」

美登里は驚いて問いかけ、話の流れについていけない様子だ。明子が横から説明する。

「私は先に帰っちゃったんだけど、この方、演歌歌手の末山愛斗くんよ。昨日の歌謡祭で一緒になって、知可子さんの大ファンだって言ってたわ」

知可子は少し照れたように笑い、昨日から今日までの出来事を素直に話し、最後にはっきりと告げた。
「実は、昨日からお付き合いすることになったんです」
その頃、事務所で仕事を終えた愛斗は、同僚たちから「これから飲みに行こう」と誘われていた。
愛斗くん、行かないの? 今日は予定なんてないだろ?」
「いえ、用事があるんです」
「用事? 飲み会より大事なことなの?」
愛斗は少し照れくさそうに、だがはっきりと答えた。
「……澤田知可子さんと、お付き合いすることになったんです」
周りにいた一同は、思わず声を上げて驚いた。
「えっ、知可子さんと? 付き合いだしたの?」
「うん」
愛斗の顔には、これまでにない晴れやかな笑みが浮かんでいた。
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