手を、つないで 〜ふたりの未来〜


 目の前に、彼の手がある。大きくて、あったかい、私の大好きな手。……手?
 ハッと目が覚めた。一瞬、ここがどこかわからなくて焦る。
 でも、すぐに彼の家だと気が付いた。
 あれ、私どうしたんだっけ?昨日、早苗ちゃん、木原さん、平野さんと飲んでて……ダメだ、途中から記憶がない。
「……起きた?」
 呆然としていたら、彼が目を覚ましたらしい。起こしてしまった。
「あの、すみません」
 謝った私を見て彼が笑う。
「なんで謝るの」
「だって、迷惑かけました……よね?」
「いや、別に。二日酔いしてない?」
「……はい」
 気持ち悪くもないし、頭も痛くない。ノドは乾いてるけど。
「なら良かった」
 彼も半身を起こした。あくびしてる。
「俺も昨日はだいぶ飲んだなあ」
「あの、私、なんで……」
 酔っ払って、電話でもしてしまったんだろうか。
 彼は笑顔で答えてくれた。
「三上さんから電話かかってきた。茉歩が潰れたって」
「つぶ……」
 やってしまったか……。
「三上さんか平野さんが連れて帰ってもいいけど、もし迎えに来るならって言われて。茉歩が潰れたところは見たことなかったから行ってみた」
 ちょっと笑ってる。かなり恥ずかしい。
「すみません……」
「うん、大丈夫」
 彼は笑ってるけど。私、どんな感じだったんだろう。
「暴れたり、してないですよね……?」
「暴れてはない。ふにゃふにゃしてた」
「え、じゃあここまで連れてくるのはどうやって」
「支えたら歩いてた。タクシーで寝ちゃったけど、着いて起こしたら起きたよ」
 記憶、全く無し。あああ……。
「水飲ませて寝かせたんだけど……ああ、暑いって言うから着替えさせた」
 ほんとだ。ここにいる時に借りてるスウェットを着てる。昨夜着てたブラウスとワイドパンツは、たたまれてベッドの横に置いてあった。
「だから、シャワーしてきたら?」
 彼はなんだか機嫌が良さそう。
「その間に、朝飯用意しとくけど……食べられる?」
「……少しでいいです……」
 さすがにもう少し時間を置きたい。
 彼がハハッと笑う。
「俺も。じゃあスープで」
 私も笑って頷いた。



 シャワーの後部屋に戻ると、彼は座っていた。
 テーブルには、マグカップが2つ。
 彼の隣には、丸い形のクッション。私の座るところ。そこに私が座れば、パズルの完成。
 そんな妄想で、嬉しくなった。顔が笑ってしまう。
 彼がこっちを向いた。手まねきする。
 隣に座ると、スマホを見せてくる。
「これ」
 表示されてるのは、間取り図?
「2人だと部屋は2つかなって思ったんだけど」
 ん?
「俺は茉歩となら部屋は狭くてもいいと思ってるんだけど。どうせ一緒にいるんだし。茉歩はどう?」
 どうって……なんかついていけてないけど、私がおかしいの?
「え、あの、なんの話ですか……?」
 もしかして、昨夜記憶のない時になにか……。
 無い記憶を探っていると、彼がにこっと笑った。あの有無を言わさない笑顔。
「私の家が俺の家になるのがいいって」
「……へ?」
「茉歩が、昨夜言ってた」
 は?なに?
「茉歩の家が、俺の家になるってことは、家を一緒にするってことでしょ?」
 『でしょ?』って。そんな軽く言うことですか?
「俺も、俺の家が茉歩の家になるのがいいって思った。だから、一緒に住もう」
 ぽかんと、してしまう。
「茉歩?大丈夫?」
 彼が私の顔を覗き込む。ハッと正気に戻った。
「あの、確かにそうなるといいなとは思ってましたけど、そんな簡単にじゃあはいとはならないんじゃないですか?」
「え、ならない?」
「なりません。だって一緒に住むって、そう簡単には離れたりできないってことでしょう?」
「まあ、そうだね」
 なんかいつになく、彼の受け答えが軽い。どうして?
「そう簡単には離れないつもりだけど」
 軽い感じで、こんなことを言う。
「簡単じゃなくても離れないけど」
「わ、航さん、どうしてそんな風に言うんですか」
「そんな風にって?」
「そんなかるーく……」
 言いかけて、思った。口調は軽いけど、内容は重い。だから、重々しくしないために軽い感じにしてるんだ。
「じ……じゃあ、一緒に住んじゃおっかなー……」
 軽くって、こんな感じ?
 私が言うと、彼が目を丸くして、そして吹き出した。
「なにそれ」
 お腹を抱えて笑ってる。こんなに笑う彼は珍しいかも。

 笑う彼を見ていたら、なんだかいろいろ考えてた自分が馬鹿らしくなってきた。
 踏み出す前に考え過ぎるのは、私の悪い癖だ。踏み出した後になにかあったら、こんな風に笑って、話していけばいいのかも。
 彼となら、できそう。

「ごめん、笑っちゃって」
 ひとしきり笑った彼が、私に向き直る。
「一緒に住むだけじゃないよ」
「……どういうことですか?」
「一緒に住んで、うまくやっていけるなって思ったら、結婚してください」
 ……へ?
 今『結婚』って言った?
「だから、一緒に住む準備する前に、実家に挨拶させて。俺の方にも来てほしい」
 さっきの延長。口調は軽い。でも目は真剣。
 よく見たら、手が少し震えてる?
 緊張……してるんだ。
 私は、彼の手に私の手を重ねた。そっと。大丈夫、震えないで。そんな思いを込めて。
「はい」
 笑顔で、言った。彼も、笑顔になった。
 ガバッと抱きしめられた。
「⁈」
 ぎゅうっと、力がこめられる。
「わ、航さん……?」
「……嬉しい……」
 声は小さいけど、全身に伝わってくる。航さんの思いも伝わってくるみたい。
 私も、彼を抱きしめた。
 そうしていた時間は、それほど長くなかったけど、私にはとても長く感じた。
 体中が、幸せで満たされた。
 力が緩まると、見えたのは彼の優しい笑顔。
 私の大好きな笑顔。
「好きだ」
 どくん、と全身が鳴った。
「私も、大好きです」
 彼の顔が近付いてくる。
 誓いのキスだと思った。
 彼の、私の、2人の誓い。未来を共にする、私達の。



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