手を、つないで 〜ふたりの未来〜
11.茉歩


 緊張してる。
 早苗ちゃん、木原さん、そして平野さんと一緒に、居酒屋の個室に来ている。
「平野さん、あの」
「どしたの?緊張しちゃって。なに?」
「あの、実はですね」
 にまにまの早苗ちゃんと木原さんが見守ってくれている。
「私がお付き合いしてる人なんですが」
「うんうん」
「……松永さんなんです」
 平野さんはぽかんとする。持っていたお箸がカランと落ちた。この音、聞いたことある。
 早苗ちゃんは声を出さずに大笑いしている。
「え、松永さんて、あの松永さん?鉄仮面?あの無愛想で仏頂面の?」
 これも似たようなことを聞いたなあ、と思いながら頷く。
「はい……」
 平野さんは眉間にシワを寄せて、目線を上に向けた。
「あー……んー……」
 うなりながら、何かを考えている。
 そして深く頷いた。
「そうか……『彼女いるから』は中森さんのことね……あっじゃあ『人生初彼氏』が松永さんてことか」
「『人生初彼氏』⁈そうなんですか?」
 木原さんが身を乗り出す。
「そうです……」
 木原さんがうっとりと息をつく。
「なんて初々しい……」
「えーうらやましい松永さん。こんな可愛い彼女の『人生初彼氏』だなんて。そりゃあ雰囲気もやわらかくなる訳だ」
 平野さんがうんうんと頷いてビールを飲む。
「ええと、もしかして結婚するの?」
「へっ?」
 びっくりした。思わず変な声が出ちゃった。
「だって今まで内緒にしてたんでしょう?急に私に教えてくれたってことは、何かそういう理由があるんじゃないかと思ったんだけど」
「いえっそういう訳ではなくて……」
 焦ってしまう。け、けっ……。
「あの、隠さないことにしたんです。自分から言う訳ではないんですけど、見られたり聞かれたりしたら認めようって。だから、他の人から伝わる前に、平野さんにはちゃんと報告したいなって思って、今日はお誘いしました」
 平野さんの目が、丸くなって、それから細くなった。
「ありがと。そんな風に思ってもらえて嬉しい」
 平野さんは極上の笑み。私も、できるだけの笑顔を返す。
「で、どうなの?最近の『お付き合い』は。あ、幸せなのは見ててわかるから言わなくていいから。何か進展はあった?」
「進展、って……」
「結婚はまだみたいだけど、他にさ。うーん、他ってなに?」
 早苗ちゃんに向かって聞く。自分で言ってるのに。
「私に聞かないでくださいよ。えーと、同棲とか?」
「どっ……」
 思わず声が出てしまった。
「あ、これは、考えたことがある顔ですね」
 木原さんがうふふと笑う。
「……まあ、そう……」
 声が小さくなってしまう。
 考えたことはある。だって。
「お互い忙しいから、あんまり会えない時もあるし……」
 ぼそぼそと言うと、早苗ちゃんが後を引き取ってくれた。
「わかるわー、一緒に住んでれば、帰れば会えるもんねー」
 そう。そうなのだ。彼は、私に会うために無理して仕事を早めたりしなくて良くなる。寝不足の日が減るはず。
「もう一緒に住んじゃえば?」
「えっ?」
 平野さんの発言に、私、早苗ちゃん、木原さんの声が重なった。
「だってさ、多分だけど、松永さんは結婚したいと思う。中森さんと」
 え、なんでそんな言い切れるんですか、と思ったら、早苗ちゃんが笑い出した。
「私もそう思いますー!早く自分だけのにしたいって思ってますよね!」
「あ、私も同じくです!」
 木原さんまで。どうして?
「知ってて見てると、もう視線が全然違うんですよね、他の人と、中森さんと」
「そうなのー。私、最近鉄仮面が大型犬に見えて仕方ないの」
 早苗ちゃん、犬って。
「あーわかります!中森さんが見えると、しっぽがふり……ふり……って動き始めるんですよね!」
「そうそう!」
「えー私も見たいそれ」
「来週から見られますよ、平野さんも」
 3人で笑ってる。大型犬、か。それはなんとなくわかる。可愛いし。
 3人が話してるのを聞きながら、ビールを飲む。

 一緒に住む。彼となら、多分大丈夫だと思う。
 いいことも、悪いことも、話し合いながら共有したり解決できる。

 彼はどう思うだろう。

 そんなことを考えていたら、飲み過ぎてしまった。



「まっほー大丈夫?」
「んー……わかんない」
「わかんないって、ダメだこりゃ」
 視界がふにゃふにゃだ。早苗ちゃんの顔がぼや〜っと見える。
 ああこの感じ、久しぶりだ。学生の時にお酒の飲み方がわからなくて、飲み過ぎてしまったあの感じ。
「まっほー、今松永さんが来てくれるから、ちょっと待つよ。水飲んで、はい」
 渡されたペットボトルの水を飲む。
 誰が来てくれるって?
「お疲れ様です」
 彼の声が聞こえた。なんでここにいるの?
「すみません、ちょっとおしゃべりに夢中になってて、気が付いたらこうなってて」
「ご迷惑かけてすみません。三上さんは帰れますか?」
「私は大丈夫です。まだ電車あるし。じゃあねまっほー、松永さん来たから帰るからね」
「うん……またね〜……」
「じゃ、よろしくお願いします」
「連絡ありがとうございました。気をつけて」
 早苗ちゃんみたいな影が遠ざかっていく。
 代わりに目の前に現れたのは、彼だ。
 抱き付く。
「わたるさんだ」
「おっと……大丈夫?気持ち悪くない?」
 彼は私を抱き止める。背中に回った手があったかい。
「だいじょうぶです……わたるさんきもちいい……」
 彼は頭をなでてくれた。見ると、優しい笑顔。私もえへへと笑う。
「タクシーで帰ろう。はい立って。ちょっと歩くよ」
「はあい……」
 彼に寄りかかって、促されるままに歩く。
「かえるってうちに?」
「俺んちに行こうとしてたけど。自分ちがいい?」
「えっと、わたしのうちが、わたるさんのうちがいいです」
「は?」
 聞き返された。わかりにくかったかな。
「わたしのうちが、わたるさんのうちになるのがいいなって」
「私の家が、俺の……」
 彼は歩きながらぶつぶつ言っている。
 タクシー乗り場で、タクシーに乗り込む。彼が運転手さんに告げたのは、彼の家の住所。
 シートに背中を預けると、眠気が襲ってきた。
「茉歩、さっきの……ダメか」
 彼がなにか言ってるけど、よくわからない。
 苦笑が聞こえた。
「まあいいか」
 彼は、また私の頭をなでた。
 なにがいいのかな。思ったけど、私は眠りに落ちて、聞くことはできなかった。


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