手を、つないで 〜ふたりの未来〜
ある日の朝。エレベーターを降りると広瀬がいた。
「高井戸さんお待ちしてました」
「は?」
広瀬に待たれる理由は思い付かない。
ガシッと腕をつかまれる。
「ちょ、ちょ、ちょっと、ちょっとこっちに」
「えっなに?怖いんだけど」
「いや怖くないです、ちょっと、ちょっとだけ」
連れ込まれたのは会議室。
中に入ると、作倉と谷垣?なにこのメンツ。
広瀬が俺に訴えるように言う。
「高井戸さん、俺達見ちゃったんです。昨日の帰り、電車の中で、松永さんと彼女らしき人が一緒にいるところ」
……あーなるほど。
「でも、こいつらは別人じゃないかって言うんですよ」
訴える広瀬に続いて作倉がぼそっと言う。
「だって、あんな顔の松永さん見たことないし」
「ちょっと信じられないですよね」
前に見た、廊下での松永を思い出す。まあ、わかる、信じられないのは。俺も自分の目を疑ったしな。
「でも降りる時に冷製鉄仮面発動してただろ。見たろ?お前らも」
広瀬に言われて作倉と谷垣が顔を見合わせる。2人とも頷く。
「じゃああれはやっぱり松永さんだよ」
「でも、じゃああの相手の人は……」
3人の目が一斉に俺に向く。
「松永さんが付き合ってる人って、もしかして中森さんなんですか?」
「後ろ姿しか見えなかったんです。でも中森さんぽくて」
「高井戸さん知りませんか?」
男3人に迫られると結構な迫力だ。
「いや、あの……」
でも俺からは言えないし、言う訳にはいかない。ここはひとつ。
「松永に聞いたら?俺はなんとも言えないよ」
そう言ったら、3人とも微妙な表情。
「確かにそうなんですけど」
「聞いてもいいのかどうかもわかんなくて」
「違う人かもしれないし……」
気持ちはよくわかる。俺だって、こいつらと同じ情報しかなかったら同じように思うだろう。
噂って、こうやって不確かなまま広まって行くんだな。
「わかった」
3人とも『え?』と俺を見る。
「呼んでくるから。自分達で確かめろ」
そう言って会議室を出ようとすると、ぐいっと服やら腕やらを引っ張られる。
「呼ぶって松永さんを?」
「もちろん。本人に聞いた方がいいだろ」
「えっ……」
谷垣が一瞬で青ざめる。大丈夫、怖くない怖くない。
「何にしろ、本人に聞くのが1番正確だ」
言い残して会議室を出る。
歩きながら時計を見る。いつもなら、松永はもう来てる時間。ああいたいた。
目が合う。ちょいと手招きすると無表情でこっちに来た。
「ごめん、ちょっと」
「は?」
何も言わずに会議室に放り込む。3人を見ると、理解した顔をする。予想してたんだろうな。
俺は閉めたドアに寄りかかって、話を聞く。万が一、誰かが来た時はごまかせるように。
松永は淡々と聞かれたことに答えていく。迷いはない。多分昨日見られてから、どこまで話すか決めたんだろう。中森さんとも話し合って。
そして話は核心に迫る。
「間違いだったらすみません。彼女さんは、もしかして、なかもりさん……」
松永はこれにも迷いなく答えた。
「……そうだよ」
俺は言わないと思っていた。だから驚いた。
そっか、言うことに決めたんだ。
前に無理矢理聞き出した時には、中森さんの方がまだ言いたくないみたいな感じだった。
てことは、決意したんだな、2人で。
「できれば、あんまり広めないでくれると助かる」
声が、少し低くなった、か?もしかして。
「いや、言う気はなかったですけど」
「そりゃあの目を見たら……あ」
3人がビビり出した。ここからは見えないけど、松永はきっと無意識に冷製鉄仮面発動中。
「俺達は、自分からは言わないけど、聞かれたら認めるつもりだから。ごまかしたり、嘘をついたりして隠す気はない。でも騒がれたくもない」
丁寧に、松永は言う。丁寧に、しようとしてる。松永先輩、それは慇懃無礼になってます。余計に怖いですよ。ほら、3人とも青くなってきてますよ。
「そういうことだから。よろしく」
松永が頭を下げる。あーあ、完全にビビらせた。
「わ、わかりました。遠くから見守らせていただきます」
ほらー、広瀬の声震えてるじゃん。
「じ、じゃあ、時間なんで、失礼します!」
「あ、俺も!」
「俺も、外出するんで、お疲れ様です!」
3人とも転がるように会議室を出て行った。
振り返る松永。ぽかんとしてる。やっぱり無意識冷製鉄仮面だったか。
俺の顔見て『なんで?』って顔をしたから教えてやる。
「『しゃべったらコロス』って空気出してたぞ」
「え、そんなことしてない」
「いや、あいつらにはそう伝わったな」
「ええー……」
冷製鉄仮面三ぶ作。不器用、ぶっきらぼう、無愛想が揃うとこうなるんだな。あ、でも今のはぶっきらぼうではなかったか、そう思ってるのは本人だけだけど。
結婚するんなら、当然実家に挨拶に行ったりするよな。大丈夫か、と一瞬思ったけど心配いらない。中森さんがいれば、人間のままだもんな。いやあやっぱり中森さんは凄い人だ。
後日、居酒屋にて。
松永が、トロけた表情で、盛大にノロケをぶっ放してきた。
「忙しい時は、待つから。お互いに」
アルコールのせいか、ふにゃっとした感じ。おおなんだよ可愛く見えるぞ、気持ち悪い。ノロケが盛大過ぎて、営業3人組が消炭みたくなってるぞ。
カッコよく『待つから』とか言ってるけど待ててないだろ。忙しい時ほど中森さんの顔見に行くくせに。こっそり見てる姿がおもしろ過ぎるんだよ。廊下に突っ立って、周りの人がびっくりするだろ。ただでさえデカくて鉄仮面なのに。
あれはきっと結婚しても変わんないな。見に行って『俺の奥さん』とか確認してそう。
ああでも周りが変わるか。『松永さんがまた奥さん見に来てる』ってヒソヒソされるな。そんで本人は気付かずに鉄仮面かぶってるんだ。笑える。
笑えるから、そのまま幸せにしてろよ。末永くな。ずーっと笑っててやるから。

