距離感がおかしい後輩に懐かれているが、特に困ってはいない

第19話(最終話)距離感がおかしい後輩が待っていてくれた件

 ――なにか、長い夢を見ていたような気がする。
 最後の記憶は、なんだか途轍もない衝撃と、「先輩! 大丈夫ですか、先輩!」と私を呼ぶ男の声。
 そうだ、九段坂だ。何故そんな涙声で私を呼んでいるのだろう。身体が痛い。何が起こったんだ。
 そっと目を開けると、視界に飛び込んだのは白い天井と、点滴らしき鉄の骨組みに繋がれた管。窓が開けられているらしく、心地よい風がカーテンを揺らし、私の頬を撫でていた。
 ゆっくり身体を起こす。ずっと寝ていたのか、身体が凝り固まっている感じがする。ほぐすように伸びをしたあと、なんとなく窓の外を眺める。時計がないので正確な時間はわからないが、昼の太陽が煌々と照りつけていた。
 しばらくそうして、窓をぼーっと眺めていると、不意に何かが床に落ちる音がした。音のした方を見ると、床に転がるバスケットと、そこからこぼれたらしい果物、そしてバスケットを落とした張本人らしき男が呆然と立っていた。

「……九段坂、か?」

 声がかすれる。
 疑問符がついているのは、彼の面影は残っているものの、その容姿が幾分老けているように見えたからだ。九段坂らしき男はしばらく目を見開きながら立ち尽くしていたが、やがてその目には涙が浮かび始めた。

「――先輩。先輩……!」

 落とした籠や果物には目もくれず、九段坂は私に駆け寄り、ベッドに座ったままの私を力任せに抱きしめた。

「よかった。目を覚ましてくれて……本当に良かった……」

「いったい何が起こっているんだ」

 疑問を呈する私に、九段坂は説明を始める。

「先輩と一緒に、いつものように会社を出て帰ろうとしたときに、先輩の頭上から鉄骨が落ちてきたんです」

 どうも工事現場の近くを通ったときに起こった事故らしかった。

「先輩は打ちどころが悪くて、意識がないまま十五年間ずっと眠っていたんですよ」

「十五年……!?」

 思っていた以上に長く眠っていたことに、流石に言葉が出なかった。自分の手を見ると、たしかに骨ばって血管が浮いた、年老いた手になっていた。
 なるほど、それは九段坂も年を取るわけだ。

「会社は……どうなった?」

「俺は今も変わらず勤務していますし、社員も異動などはありましたが皆さん元気ですよ。先輩は社長の判断で休職扱いになってます」

「社長……源社長は、相変わらず健在かい?」

「ええ。もう別の女性と結婚してしまいましたが」

「そうか……」

 流石に植物状態になった女を待ち続けるのは難しかったのだろう。父親に結婚を急かされていた社長を思い出す。

「君は……ずっと私の世話をしてくれていたのか?」

「もちろん。毎日病院に通って、話しかけて、ずっと起きるのを待っていました」

「ずっと……待ってくれていたのか」

「俺、先輩のためなら十年でも二十年でも待ちますって、言ったでしょう?」

 それは、初めてのデートのときの九段坂の台詞だった。

「帰りましょう、『時子さん』。俺、新しく家を建てたんです。時子さんと一緒に帰るのが楽しみで」

 九段坂は照れたような恥ずかしそうな、面映(おもはゆ)い笑みを浮かべている。
 その笑顔は、十五年前と全く変わっていなかった。
< 19 / 19 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

  • 処理中にエラーが発生したためひとこと感想を投票できません。
  • 投票する

この作家の他の作品

再会した冷徹上司は、私にだけ過保護です

総文字数/13,121

恋愛(オフィスラブ)5ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
新人編集者・小日向春香が配属されたのは、「冷静・冷徹・冷酷無慈悲」と恐れられる上司・氷室冬馬のいる編集部だった。 けれど春香は、彼が怖くない。高校時代、図書室で本を読み合った、あの先輩だから。 周囲が震え上がる中、春香にだけ過保護で甘い冬馬。 プリンの差し入れ、帰り道の送り迎え、さりげない独占欲——それはすべて、長い間押し込めてきた「渇望」の形だった。 仕事を通して信頼を深めながら、少しずつ縮まっていく距離。 不器用な先輩と天然な後輩が紡ぐ、じれったくて甘いオフィスラブ。
笑う君には福来たる

総文字数/6,472

恋愛(学園)2ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
「お多福」と笑われてきた高校二年生の福子(ふくこ)は、容姿に自信がなく、目立たないように息を潜めて過ごしている。 そんな彼女を、クラスの人気者・桐谷悠真(ゆうま)はなぜか毎日追いかけた。 表面的な人付き合いに疲れていた悠真は、放課後の家庭科室で偶然見た福子の『素の表情』に惹かれる。 「見た目は好みじゃない」と言いながらも、「お前の笑顔が好き」と真っ直ぐに告げる彼。 しかし、中学時代のトラウマが二人の関係に影を落とし――。 これは、見た目に囚われてきた少女が、初めて『自分のままでいい』と笑えるようになるまでの物語。
八王子先輩と私の秘密

総文字数/9,954

恋愛(オフィスラブ)5ページ

超短編!フェチから始まる溺愛コンテストエントリー中
表紙を見る 表紙を閉じる
「今日もいい匂い」 「耳元で喋るのやめてください!」 ――王子様だと思っていた先輩は、ちょっと変態でした。

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop