後宮のすみっこには天才薬師がいるらしい ~いないもの扱いだった人質の私、趣味の調薬で国を救って正体がバレました~
 森の木々の影。
 レイラの前でだけはただの「騎士のマリオン」でいられたのだ。

 疲れを見せれば心配して手を差し伸べ、細やかな出来事にともに喜んでくれる。
 裏のない素直な言葉は、その眼差しとともに真っ直ぐに心の中に飛び込んできて、気づかぬうちに根づき、ゆっくりと育っていった。

 月の輝きが目に止まれば揺れる柔らかな髪を思い出し、紫の色を見れば楽しげな笑い顔が浮かぶ。
 ついには傷薬の香りに、それを塗り込んでくれた細い指先の感触を思い出すようになった。

 日常のささやかな全てが記憶の中のレイラと結びつくようになり、恋を自覚した頃には引き返せぬまでになっていたのだ。

 あの存在を、手放す事などできない。
 共に笑い合う楽しさを、ただ沈黙の中寄り添い過ごす心地よさを忘れて、今更1人で生きていけるはずがなかった。

 その気持ちはレイラの正体を知って尚、揺らぐ事はなかった。
 むしろ、流されるように生きてきた自分の中にそんな強い感情があった事に改めて気づき、驚いたくらいだ。

 そして、レイラの不遇な環境を知り、心の底から歓喜した自分をろくでなしだと思いながらも、弾む心を抑えることなどできなかった。

 本来なら、自分には届くはずのない存在だった。
 義理とはいえ母と息子なのだ。
 ただの臣下に下賜するのとは訳が違う。

 だが。

 レイラが幼い頃に後宮にあげられ、顧みられぬ日々は誰もの知る所。
 明らかな「白い結婚」。
 それは、ひとつの可能性を夢見るには、充分な条件だった。






「レイラの不幸な日々はこの為に有ったのだと、そう喜びと共に思い出せる未来にきっとしてみせる。どうか、オレと同じ気持ちだと言うなら、この手をとってくれないか?」

 差し伸べられたその手を、レイラはまだ涙の残る瞳でじっと見つめた。

 ………本当に私は、この手を掴んでも良いの?

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