銀狼騎士は転生悪役令嬢と番になる運命でした
【レオン視点】
夢を見ていた。
ひどく冷たく、悍ましい、あの戦場の夢だ。
魔獣の鋭い爪が、俺の右脚を深く引き裂く。
傷口から侵入したドス黒い呪いが、血管を伝って神経を焼き焦がしていく。激痛と、それ以上に絶望的だったのは、自分の脚が徐々に「動かなくなっていく」感覚だった。
『獣人のくせに、使い物にならなくなったか』
『国境を守る盾としても、もう価値はないな』
かつて俺を称賛した人間たちが、手のひらを返して冷酷な言葉を浴びせてくる。
騎士団を追い出され、治療費も底を尽き、気付けば俺は檻の中にいた。
冷たい鉄格子。家畜のように扱われる日々。
誇りも、生きる気力も、すべてが闇に塗りつぶされていく。
俺の脚は完全に動かなくなり、心もまた、完全に死んだ。
(ああ、俺はあの薄暗い泥の中で、独り死んでいくんだ――)
そう諦めかけた、その時だった。
「レオン、大丈夫よ。私はここにいるわ」
鈴の鳴るような、心地よい声が闇を切り裂いた。
同時に、額に触れた小さくて、ひどく温かい手のひら。
その温もりが、俺を縛り付けていた魔獣の呪縛(悪夢)を、瞬時に霧散させていく。
「……ハッ!」
俺は勢いよく目を開け、上体を起こした。
荒い息を吐き出しながら周囲を見回すと、そこは奴隷市場の檻でも、血生臭い戦場でもない。木造の静かな宿の一室。
そして目の前には、心配そうにこちらを覗き込む、美しい琥珀色の瞳があった。
「エリーゼ……」
「酷いうなされ方だったわ。脚が痛むの? それとも……」
彼女は俺の顔についた汗を、自分の袖で優しく拭ってくれる。
その無防備な優しさに、俺の胸は締め付けられるように痛んだ。
「……すまない。昔の夢を、見ていた」
「騎士団にいた頃の?」
「ああ。脚を失い、すべてを失った時の夢だ。俺はあの時、世界中のすべてを呪っていた。動かない身体で、ただ死を待つだけの自分が、惨めでならなかった……」
吐き出した言葉は、俺の最大の弱さだった。
だが、エリーゼはそれを聞いても蔑むことも、同情することもしなかった。
ただ、どこか遠くを見るような、切ない目で俺を見つめ、それから俺の大きな手を、彼女の両手でぎゅっと握りしめた。
「分かるわ」
「え……?」
「私にもね、あったの。どんなに願っても、自分の身体が思い通りに動かない時期が。世界を呪って、どうして自分だけがって、毎日泣いていた夜が。……だからね、レオン。あなたがその闇から抜け出せて、本当に良かった」
エリーゼの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
それは俺のためだけの涙だった。
彼女がなぜそんな経験をしたのか、詳しいことは分からない。公爵家での冷遇が原因なのか、それとも俺の知らない過去があるのか。
けれど、確信した。
この令嬢は、俺と同じ「地獄」を知っている。
だからこそ、俺の痛みに誰よりも寄り添ってくれたのだ。
「エリーゼ」
俺は気が付けば、彼女の小さな身体を、壊れ物を扱うように優しく抱きしめていた。
彼女の細い肩が、俺の胸の中で微かに震える。
「俺をお前が救ってくれたように、今度は俺がお前を救う。お前が過去にどんな痛みを抱えていようと、俺がそのすべてを上書きしてやる。……だから、もう泣くな」
「レオン……うん、ありがとう」
胸に顔を埋めたエリーゼが、小さく頷く。
彼女の甘い香りと、温かい体温が、俺の身体の隅々まで満たしていく。
前世の記憶に縛られていたエリーゼと、過去の悪夢に囚われていた俺。
私たちは、お互いの傷を埋め合わせるように、国境の小さなベッドで、初めて深く魂を重ね合わせたのだった。
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