大正恋刺繍 ~押しかけ婿様の寡黙な溺愛~
翌日も、その翌日も、ぎこちなさは消えるどころか増す一方だった。
朔也は決まった時間に出仕し、決まった時間に帰ってくる。皆で夕食を摂り、食後はふたりで茶を飲みながら淡々と一日の出来事を語る。澄乃の後に湯を使い、たぶん少し読書などして、それから就寝する。
翌朝は庭先で素振りをし、朝食の席で顔を合わせて挨拶をする。
何ひとつ変わらない日常。
変わったのはただひとり、澄乃だけだ。
朔也が近くに来ると不自然に身体がこわばり、目が合ってもすぐに逸らしてしまう。帰宅の出迎えも、喉を湿す番茶を出すのも、いっさい佐和に任せきりだ。
佐和だって何かおかしいとわかっているはずだが、何も言わない。それがかえって気まずくて、ますます何も言えなくなる。
朔也を嫌いになったわけではない。断じてそんなことはない。
ただ、彼の存在を意識すると不穏に胸がざわざわして、どうふるまえばいいのかわからなくなってしまうのだ。
三日目の昼前、作業部屋で澄乃は趣味の刺繍絵を進めていた。
いや、実際にはほとんど進んでいない。一針刺すごとに指が止まり、ぼんやりしてしまう。まるで魂が勝手にさまよい出すかのような、心もとない感覚だ。
澄乃は溜め息をついて立ち上がった。
お手洗いに行こうと部屋を出て台所の前を通りかかると、佐和と千夏が交わす会話が聞こえてきた。
「ねぇ、佐和さん。若旦那様って、すっごく男前ですよねぇ」
思わず足が止まる。
トントンとまな板の上で何かを刻む音が響いていた。昼餉の支度をしているのだ。
無邪気な千夏の発言に、佐和がぴしゃりと返した。
「不躾なことをお言いでない。奉公先の御主人に見とれるなどもってのほかです」
「だってぇ、自然と目に入っちゃうんですよぉ」
「そういうだらしない口のきき方もおやめ」
「旦那様がたの前ではしませんよぉ」
ころころと千夏が笑い、佐和の溜め息が聞こえた。
「若旦那様、ほんとに格好いいなぁ。活動写真の役者よりずーっと素敵」
「いい加減になさい」
「すみませーん」
やや苛立った佐和の声に千夏が詫びる。相変わらずけろりとした口調に、佐和はさっきよりも大きな溜め息をついた。
澄乃は廊下に立ちすくんだまま、胸の前で片手をぎゅっと握りしめた。