大正恋刺繍 ~押しかけ婿様の寡黙な溺愛~
『若旦那様って、すっごく男前ですよねぇ』

 ──そうだ。誰が見ても朔也は整った容貌の持ち主なのだ。すらりと長身で肩幅が広く、どんな服装でもよく似合う。

 底光りする怜悧な瞳は一見冷ややかだが、切れ長の目許が何かの拍子にふっとやわらぐと、どきっとするほどの魅惑を放つ。

 千夏のような若い娘が『格好いい』と騒ぐのは、むしろ当然だろう。

 自分だってわかっていたはずだ。彼がとても魅力的な男性だと。わかっていながら、はっきりと意識することはなかった。

 すでに彼は澄乃の『夫』だったから。

 凛々しい軍服姿の若い将校が人目を惹いても不思議ではない。くつろいだ家着でいても、ふと目を惹かれてしまう瞬間は今までに何度もあった。

 ただ気付かないふりをしていただけで──。

 昨日の夕餉では、朔也の手に自分と揃いの指輪があったら……などと想像したばかりに、やたらと手が気になって仕方がなかった。

 茶碗を支える左手。箸を持つ右手。

 それから次々に連想が浮かんだ。椿山御殿の石段で差し出された手。帰りの車の中で繋いだ手を、自分から握り返したこと──。

 その手は今もすぐ近くにある。いつだって、こちらの手を伸ばしさえすれば届く距離に。

 指輪などなくても、あの大きくて優しい手は充分すぎるくらい澄乃を気遣ってくれた。

 それなのに夜は、当然のように各々の寝室で休んでいた。だって──最初に彼が言ったから。

『あなたの望まないことは、決してしません』

 わたしが、望まないこと──。

 だけど、わたしの望みって、何……?

 わたしは何を望み、何を望んでいないのか。いつのまにかあやふやになっていた。

 ──違う、そうじゃない。最初から考えまいとしていただけだ。

 傷つきたくなかったから。自分の心を、それ以上に矜持を、傷つけられたくなかった。朔也にとって自分は形だけの妻だと認めてしまえば、とても平静ではいられない。

 だから、考えないようにした。顔を背けたまま、ただ彼の心根の優しさだけを感じていられればいいと。そう、思っていたのに──。



 佐和が昼餉の支度ができたと呼びに来たとき、澄乃は作業部屋の窓辺にぼんやり佇んでいた。いつ部屋に戻ってきたのかも覚えていない。

 食欲は全然なかったが、心配させたくない──というより心配されるのが煩わしくて、無理に押し込んだ。

 午後は針を手にする気にすらなれず、ただ窓際の椅子に座って空ろな目を外に向けていた。
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