大正恋刺繍 ~押しかけ婿様の寡黙な溺愛~
そうかもしれない。
そうではないかもしれない。
ただ反射的にはねのけてしまった。それからずっと、悔やんでいる。
演奏会の座席で、朔也はずっと不自然なくらいに堅苦しい姿勢を保っていた。そうさせていることが心苦しくて、いたたまれなくて……。
ぱしゃん、としぶきを上げて腕を湯につける。
触れてほしかったのだろうか。
朔也のあの、大きくて優しい手に。
澄乃は火照った顔を両手で覆い、長い吐息をついた。
自室に戻っても、物思いは続いた。湯冷めしないうちに床に就くべきなのはわかっていたが、寝台の端に腰を下ろしたまま動く気になれない。
暖炉で薪が爆ぜる音をぼんやりと聞いていると、廊下から足音が聞こえた。
朔也が湯浴みを終えたのだ。そういえば、先ほどいつもと同じく湯殿が空いたことを扉越しに告げたのだった。ここしばらく、軽くノックをして『お湯をどうぞ』と告げると、返事も聞かず逃げるように踵を返していた。
澄乃は身を硬くして、じっと耳を澄ませた。
主寝室の扉が開き、閉じる。
澄乃は膝の上で、きゅっと拳を握った。
きちんと、謝ろう。
差し出された手を打ち払ってしまったことを。
立ち上がり、一度深く呼吸をしてから澄乃は自室を出た。
主寝室の前まで来て、もう一度深呼吸をする。落ち着くどころかかえって鼓動が速まった気がする。ほとんどやけくそに近い気分で、思い切って扉を敲いた。
室内から椅子の動く音がかすかに聞こえた。きっと彼は本を読んでいたのだろう。いつかの独逸語の本は、もう読み終わったのだろうか……。
扉が開き、朔也がどこか唖然としたような顔で澄乃を凝視した。
湯上がりの髪が、少し乱れて額にかかっている。彼もまた浴衣に丹前という寝支度だ。
「──澄乃さん。何かありましたか」
やや警戒するような声音に、急いで首を振る。
「いえ。お邪魔して申しわけありません。あの……少しお話ししても、よろしいでしょうか」
そうではないかもしれない。
ただ反射的にはねのけてしまった。それからずっと、悔やんでいる。
演奏会の座席で、朔也はずっと不自然なくらいに堅苦しい姿勢を保っていた。そうさせていることが心苦しくて、いたたまれなくて……。
ぱしゃん、としぶきを上げて腕を湯につける。
触れてほしかったのだろうか。
朔也のあの、大きくて優しい手に。
澄乃は火照った顔を両手で覆い、長い吐息をついた。
自室に戻っても、物思いは続いた。湯冷めしないうちに床に就くべきなのはわかっていたが、寝台の端に腰を下ろしたまま動く気になれない。
暖炉で薪が爆ぜる音をぼんやりと聞いていると、廊下から足音が聞こえた。
朔也が湯浴みを終えたのだ。そういえば、先ほどいつもと同じく湯殿が空いたことを扉越しに告げたのだった。ここしばらく、軽くノックをして『お湯をどうぞ』と告げると、返事も聞かず逃げるように踵を返していた。
澄乃は身を硬くして、じっと耳を澄ませた。
主寝室の扉が開き、閉じる。
澄乃は膝の上で、きゅっと拳を握った。
きちんと、謝ろう。
差し出された手を打ち払ってしまったことを。
立ち上がり、一度深く呼吸をしてから澄乃は自室を出た。
主寝室の前まで来て、もう一度深呼吸をする。落ち着くどころかかえって鼓動が速まった気がする。ほとんどやけくそに近い気分で、思い切って扉を敲いた。
室内から椅子の動く音がかすかに聞こえた。きっと彼は本を読んでいたのだろう。いつかの独逸語の本は、もう読み終わったのだろうか……。
扉が開き、朔也がどこか唖然としたような顔で澄乃を凝視した。
湯上がりの髪が、少し乱れて額にかかっている。彼もまた浴衣に丹前という寝支度だ。
「──澄乃さん。何かありましたか」
やや警戒するような声音に、急いで首を振る。
「いえ。お邪魔して申しわけありません。あの……少しお話ししても、よろしいでしょうか」