大正恋刺繍 ~押しかけ婿様の寡黙な溺愛~
(今日は、この辺にしておこう)

 そう思って立ち上がった澄乃は、気分転換に庭でもぶらぶらしようかと思いついた。昼間だいぶ気温が上がったので、夕方になってもまだそれほど寒くない。

 ショールを肩に巻きつけ、離れに続く戸口から下駄を突っかけて庭へ出た。

 飛び石沿いに離れの前まで来ると、石灯籠の背後の枝垂れ梅が、ほんのりと赤く色づいて見えた。近寄ってみれば蕾がかなりふくらんでいる。

 いつのまにか春の訪れが近づいていたのだ。ゆっくりと、だが確実に。

 村瀬が暇を見つけて庭まで手を入れてくれるようになったおかげか、今年は枝垂れ梅もたくさんの花をつけそうだ。枝いっぱいに紅い花をつけ、しなやかな枝を垂らす姿を想像して、澄乃はにっこりした。

 花が咲いたら離れを開いて、皆で花見をしよう。お茶を点て、美味しい生菓子も取り寄せて。

 桜よりも早いから、光は冬の名残をまだ留めていて、春爛漫とは違う硬質な煌きを見せるだろう。空も青みが深いだろう。それを朔也と肩を並べて見上げる。

 満開の紅梅越しに、どんなにか青空は美しいだろう。

 そんなことを想像していると、コツ、と飛び石を踏む靴音が聞こえて澄乃は振り向いた。茶褐色の軍用外套を着た朔也が、軍帽に手をかけながらこちらへ歩いて来る。

 澄乃は少し混乱しながら向き直った。

「お帰りなさいませ。すみません、お出迎えもせず」

「いいえ。今日は少々早引けしたのです」

 ちょっと照れたような風情で朔也が応じる。つられて澄乃も頬を染めた。

「寒くはありませんか。もう夕方だ」

「それほどでも」

 かぶりを振ったが、朔也は外套を脱いでそっと澄乃に羽織らせた。

「身体が冷えるといけません」

 生真面目な口調に思わず笑みをこぼしながら、澄乃は会釈で謝意を示した。

 並んで枝垂れ梅を眺め、朔也が独りごちるように呟いた。

「紅梅か……。もうこんなに蕾が」
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