凍てついた令嬢は、異国の太陽に抱かれる
第三話:熱源の洗礼
数日間に及ぶ馬車の旅を経て、ガルディニア王国の王宮へと到着した。
案内されたのは、王太子宮の奥深くにある一室だった。他国の公爵令嬢として見慣れた豪華絢爛な部屋とは違い、そこには洗練された機能美と、何より圧倒的な「暖」があった。壁の暖炉には赤々と火が灯り、床には素足でも温かい柔らかな毛皮の絨毯が敷き詰められている。
「ーー殿下より仰せつかっております。エルサ様、私たちは本日より、あなた様の専属として仕える侍女でございます」
部屋に入ると、三人の若い侍女たちが一斉に頭を下げた。生真面目そうなマルタ、少し緊張で目を潤ませているニーナ、そして細腕ながら頼もしそうなクロエ。
彼女たちの目は、祖国の使用人たちがエルサに向けていた「仕事の slave(奴隷)」を見るような侮蔑の色は一切なかった。それどころか、どこか決死の覚悟と、痛々しいものを見るような痛切な光が宿っている。
「……お気遣いは無用です。私はただの、拾われた罪人。このような部屋も、皆様の手も、私にはふさわしくありません」
エルサは表情を一つも動かさず、静かに、しかし明確に一線を引いた。
二十五歳まで生きた前世の記憶が、彼女の脳内で冷徹に警鐘を鳴らす。
『優しくされるのには、それ以上の対価が必要だ。誰も、私という人間そのものを大切にするはずがない。またすり潰される前に、期待など捨てるべきだ』と。
「そんな、エルサ様……!」
ニーナが悲しそうに声を漏らしたが、エルサはただ、部屋の隅にある質素な木製の椅子に腰掛け、窓の外を見つめた。その琥珀の瞳は、まるで外界の光をすべて拒絶するように、深く、冷たく沈んでいる。
ーーその日の夜。
「エルサ。部屋は気に入ったか」
前触れもなく、ゼオンが部屋を訪れた。執務を終えたばかりなのか、上着のボタンを少し外し、褐色の肌を覗かせている。その姿から放たれる圧倒的な熱量に、部屋の空気が一瞬で爆発するように爆ぜた。
「……はい。私には、贅沢すぎる部屋です、殿下」
「嘘を言うな。お前の目は、何も見ていない。この部屋の調度品にも、温かい食事にも、まるで毒でも入っているかのように怯えている」
ゼオンは大股で歩み寄り、エルサの前に跪いた。王太子という至高の身でありながら、床に膝をつくことに何の躊躇いもない。
「お前が前世で、どれほどの地獄を見てきたかは分からん。だがな、エルサ」
ゼオンはエルサの細い、感覚の消えかかった右手を無理やり掴み、己の左胸ーー心臓の真上に強く押し当てた。
ドクン、ドクン、と。
痛いくらいに激しく、力強い脈動が、エルサの掌を通じて脳髄まで響き渡る。
「俺は、お前に何かを差し出せと言っているわけじゃない。お前の知恵が欲しくて連れてきたわけでもない。ただ、お前が生きている、その事実だけでいい」
「……なぜ、そこまで」
「二十五年、誰もお前を愛さなかったのだろう? ならば、俺が最初の男になってやる。お前がその頑なな大人としての防壁で俺を拒むなら、俺は何度でもその壁をブチ破る。俺のこの熱が、お前の冷え切った魂を焼き尽くすまで、絶対に離してやらない」
「っ……!」
ゼオンの紺色の瞳から放たれる、狂気にも似た絶対的な独占欲と情熱。
その熱に当てられ、エルサは初めて、息が詰まるような感覚を覚えた。二十五年間の飢えと、今世の諦め。その全てを、この男の心音が、力任せに融解しようとしていた。
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