凍てついた令嬢は、異国の太陽に抱かれる
第三十八話:不条理なる熱量の解法(エルサ・ゼオン視点)
【エルサ視点】導き出せない解
「ーーなぜ、割り切れないの」
深夜の静寂に包まれた自室で、私は何度目かも分からないため息とともに、羽ペンを机に置きました。
白紙だった羊皮紙は、いまやフランチェスカ様の残した言葉を検証するための、緻密で冷徹な因数分解の数式で埋め尽くされています。
前世のマーケティング理論、今世の統計学。あらゆる大人の知識を総動員して、ゼオン様の行動を『王太子としての義務』や『自己満足』という変数に当てはめて計算しても、どうしても、最後に巨大な「余り(バグ)」が出てしまうのです。
あの人が私に向ける、焦がれるような視線。
私の存在そのものを肯定し、壊れ物を扱うように抱きしめてくれる、あの不条理なまでの体温。
あれらのデータを、ただの『役割演劇』として処理するには、あまりにも熱量が、質量が、大きすぎる。
「わからない……。私の頭脳では、もう……」
こみ上げる不安と、彼を疑ってしまった罪悪感で、視界がじんわりと涙で滲んだ、その時でした。
バタン、と。
大人の洗練された作法を完全に無視した荒々しい音を立てて、部屋の扉が跳ね開けられたのです。
【ゼオン視点】バグの強制終了
扉を開けた瞬間、目に飛び込んできたのは、机の上の無数の数式と、驚いたように顔を跳ね上げたエルサの、涙に濡れた琥珀色の瞳だった。
その瞳を見た瞬間、俺の胸の奥の何かが完全に弾け飛んだ。
大国の王太子としての理性も、段階を踏んで彼女を落とそうという自制心も、すべてがどうでもよくなる。俺は長い歩幅で一気に距離を詰め、椅子から立ち上がろうとしたエルサの細い身体を、毛布ごと力ずくで掻き抱いた。
「っ、ゼオン、様……!? なぜ、ここに……」
「お前がまた、一人でくだらない計算(バグ)をして泣いているからだ」
腕の中で戸惑い、大人の理屈で身を固くしようとするエルサ。その温もりを、これ以上ないほど強く、骨が軋むほどの力で俺の胸へと押し付ける。
「ゼオン様、離してください……っ! 私は今、貴方の行動の最適解を……フランチェスカ様のおっしゃった論理を、検証してーー」
「うるさい」
俺は彼女の言葉を、低く、けれど絶対的な拒絶の声で遮った。
「その賢すぎる頭脳で、俺の愛を勝手に計算するなと言ったはずだ。義務? プライド? 覇王としての自己満足? ふざけるな。そんな安い理屈で、俺が国一つを敵に回してまで、お前という一人の女を囲い込むと思うか!?」
エルサの身体が、俺の怒号のような告白にビクリと震える。俺は彼女の顎を強引に掴み上げ、その涙に濡れた瞳を、俺の紺色の瞳で正面から見据えた。
「いいか、エルサ。お前が解こうとしているそのバグの答えは、ただ一つだ。ーー俺が、お前を狂おしいほどに愛している。お前でなければ、絶対に嫌だ。それ以外の理由は、この盤面に一文字たりとも存在しない」
「あ、の……でも、それは、統計学的に、あまりにも不条理で……っ」
「不条理で大いに結構だ!!」
なおも大人の仮面を被って逃げようとするその唇を、俺は力任せに、けれど狂おしいほどの愛おしさを込めて、深く、深く塞いだ。
「ん……っ!?」
驚きに丸くなる彼女の瞳から、一筋の涙が零れ落ちる。それを俺の指先で乱暴に拭い去りながら、何度も、何度も、彼女の唇の柔らかさを貪り、俺の絶対的な体温を彼女の口内へと流し込んでいく。
同情でも、義務でもない。お前をこの手で支配し、生涯を賭けて愛し抜くという、覇王としての、一人の男としての、剥き出しの執着。
「……は、ぁっ……」
やがて唇を離すと、エルサは見たこともないほど顔を紅潮させ、視線を彷徨わせていた。その賢い頭脳は、俺が与えた圧倒的な熱量の前に、完全にキャパシティ(処理容量)をオーバーして強制終了(フリーズ)している。
「わかったか、エルサ。お前の数式がどれほど完璧だろうと、俺の愛はお前の計算の枠には収まらない。これからは、答えが出なくなったら何度でも俺に聞け。お前が完全に理解するまで、この『報酬(キス)』で何度でも教えてやる」
胸の中にすっぽりと収まり、もう逃げる気力も失ってトロンと潤んだ目で俺を見上げる我が至宝。
その表情を見た瞬間、俺は、彼女を縛り付けていた冷たいバグが、今度こそ完全に溶けて消え去ったことを確信した。
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