凍てついた令嬢は、異国の太陽に抱かれる
第四十五話:至宝の戴冠、そして終わらない誓い(エルサ・ゼオン視点)
【エルサ視点】「幸せ」という名の未踏の領域
鳴り響く祝祭の鐘の音、地鳴りのような民衆の歓声、そして玉座の間を埋め尽くす貴族たちの、一点の曇りもない称賛の拍手。
(……本当に、これが私の現実(データ)なのでしょうか)
ガルディニア王国の歴史に刻まれる「王太子妃冊立の儀」。その中心にいる私は、ゼオン様にエスコートされながら、光溢れる大聖堂の壇上に立っていました。
前世での孤独な死、今世での地下室の搾取。私の人生のすべては、「他者の都合に合わせて自分を磨り潰すこと」でしか成立していませんでした。だからこそ、今こうして国を挙げた絶対的な愛に包まれ、誰からも道具としてではなく「エルサ」という一人の人間として求められている現実に、胸の奥がずっと熱く、痺れるように震えています。
「エルサ。まだ、これは『罠』だの『等価交換のコスト』だのと、その小さな頭で計算しているのか?」
隣に立つゼオン様が、儀式の厳粛な雰囲気などどこ吹く風で、私の腰を引き寄せ、耳元で低く、酷く甘い声を囁いてきました。
「……いいえ、ゼオン様。私の大人の頭脳(計算式)は、もう完全に降伏いたしました。どれほど因数分解を繰り返しても、この国が私に注いでくれる熱量は、ビジネスの枠を遥かに超えた『不条理な愛』だと出力されてしまいますから」
私がほんの少し照れながら、けれど真っ直ぐに彼の紺色の瞳を見上げて微笑むと、ゼオン様は一瞬だけ息を呑み、それから酷く愛おしそうな、そして何かを必死に耐えるような複雑な表情を浮かべました。
「お前は、自分がどれほど無自覚に俺の理性を試しているか分かっていないな……。今すぐこの場からお前を拐って、部屋に閉じ込めたくなる」
「陛下と王妃様の前です、不敬な冗談はお止めください……っ」
顔を真っ赤にして俯く私の手を、ゼオン様は世界で最も頑丈な鎖のように、強く、優しく握り締めました。怖いけれど、もう手を跳ね除ける必要はありません。この不条理で甘やかな世界こそが、私の新しい「生存領域」なのだと、私の心は少しずつ、確かにそれを受け入れ始めていたのです。
【ゼオン視点】我が腕の中の、唯一無二の確定値
「ーーそれでは、ガルディニアの新たなる光、王太子妃エルサに、神の祝福を」
大司教の厳かな宣言とともに、エルサの美しい艶髪の上に、細工の施された眩いティアラが戴冠される。
その瞬間、玉座の間の盛り上がりは最高潮に達した。
誰もが、この小さな少女を我が国の『至宝』として認め、惜しみない賛辞を送っている。前世の孤独も、あの薄汚いベルトラン公爵家の亡霊どもが遺した傷痕も、今この瞬間の圧倒的な光と熱によって、完全に塵となって消え失せた。
「エルサ。お前が歩んできた二つの人生の冬は、今、完全に終わった」
俺はエルサの細い腰を抱き寄せ、全貴族の面前であることなど一切構わずに、その額へと深く、誓いのキスを刻み込んだ。
「ひゃっ、ゼオン様……!?」
驚いて目を丸くし、林檎のように顔を赤く染めて俺の胸をポカポカと叩いてくるエルサ。その超級の健気さと可憐さに、周囲の文官や騎士たちが「ああ、エルサ様が今日も尊い……」「殿下の溺愛が今日も重すぎる……」とハンカチを握り締めて悶絶しているのが分かる。
もう、お前を惑わすバグ(嘘)も、お前を脅かす冷たい数式も、この世界には一文字たりとも存在させない。
お前がその神がかった頭脳でどれほど未来を予測しようと、俺がお前に注ぐ愛は、常にその予測の遥か上をいく。
世界一我が儘で、世界一甘やかされた俺の姫。
これから始まる終わりのない春の日々を、その特等席(俺の腕の中)で、一生かけて俺に溺らされながら生きていくがいい。
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